生い立ち

幼少期~小学生 塾で感じた違和感の正体

名古屋の小学校
名古屋の小学校でカルチャーショック
奈良県で生まれ、小学生の時に親の転勤で名古屋市に引越ししました。 私の父親は普通のサラリーマンで、母親も普通の主婦でした。 名古屋に引っ越してからは中学受験の勉強に集中していました。

小学校4年から6年生までの3年間は、学校が終わったらそのまま塾に通う日が多かったですね。遊びも学校の友達よりも塾の友達と遊ぶほうが多く、学校よりも塾が主体の生活になりました。塾では非常に目線の高い子がいました。将来は医者になると目標を決め、そのためには開成に合格し、大学はどこどこに行くと。小学生の時点で、人生設計が出来ているんですよ。小学校の友達では、自分の将来設計を考えている子はいません。休み時間は校庭でドッチボールをしているような子ばっかりでしたから。なので、最初はビックリしつつも非常に刺激的に映りました。

今思い出すと、塾に通っている時点でお金持ちの子が多かったですね。塾が終わり、お腹が空いて何か食べに行こうよ、となりますと学校の友達とはファーストフードに行きますが、塾の友達は大人と一緒に入るようなお店にすうっと自然に入って行く。その時は、お金に対する意識はありませんでしたが、これは人種が違うと肌で感じていました。

その後、中高一貫の私立校を受験し見事に合格しました。私が通っていた学校は名古屋のお金持ちが集まる学校で、医者のご子息や、企業の社長の息子達も通っていました。

そうなると、生徒同士での経済格差も激しく、入学当初は「上場企業の社長の子は凄いなぁ」と、漠然と思っていましたが、次第に、「自分もお金持ちになりたい」と考える様になりました。また、塾に通っていたときに感じた違和感の正体もここで確信に変わりました。お金持ちってこういうことかと。

中学生時代 一冊の本が人生を変えた

中学3年生の時に「金持ち父さん貧乏父さん」という本に出会ったことで、大きな衝撃を受けました。

この本は一言で言うと「不動産投資」についての本で、当時の自分も不動産投資をやってみようかなと思っていました。しかし、不動産投資を行うには、ある程度の収入がないと銀行から融資を行ってもらえません。それではどうするか? 「金持ち父さん貧乏父さん」の中で大変インパクトを受けた描写がありました。それは、「会社を売ったお金で、世界一周旅行。旅行から戻ってきたら、プライベートバンクに預けていたキャッシュが増えていた」というくだりです。最近改めて読み直してみたら、この描写はほんの数フレーズしか書いていませんでしたが、私の頭の中では、もの凄いインパクトとして残っていました。そのため、会社を売れば「金持ち父さん」になれると刷り込まれていたのです。

そこで、自分で会社を作り、自分が社長になれば不動産投資が行えるはずだと。なので、会社を作ってから売却するということは、自然と受け入れられました。いずれにしろ、今の自分を作り上げたのは、「金持ち父さん貧乏父さん」という本の影響が大きいのは確かです。出版社側が狙った年齢層とは違う読者でしたが、この本と出合って良かったと思っています。

気が付けば社長に

15歳で企業し、気が付けば社長になっていました。社長になってからも、色々とありました。初めて名刺を作った時は100枚で3万9000円を支払っています。

名刺を持った事も見た事も無く、名刺の相場とかはまったく分からなかったので、学校で名刺を持っているクラスメイトを探し出したら、一人いました。その名刺は親が入っていたロータリークラブの名刺で金箔が付いているんです。初めて見た名刺ですから、それが当然だと思っていました。名刺屋に行き「この名刺と同じものをお願いします」と言いましたら、名刺屋さんに「金箔つけますか?」と聞かれました。金箔入りの名刺が高いのか安いのかも分かりませんから、「お願いします!」と言われるままに作りました。それでも、初めての名刺は誇らしかったです。まぁ、もったいないお金を払いながら社長として進んでいきました。

事業をやりながらも、22歳ぐらいまでは自分は学生だと思っていました。当時は最初に会社を売却していた頃ですが、頭のどこかでは「大学に入るための浪人生」という感覚でしたので、社長業をしながらも冬期講習や夏期講習には参加していました。しかし、回りを見渡すと、同期は大学を卒業しているわけで、ふと考えてみると「今(22歳)から大学に入り4年間、勉強し無事に卒業すると26歳になってしまうのか」と。そこで、「あぁ、自分は大学には行かないんだ」と認識しました。それでも、26歳か27歳で会社を売却した時は、「やっぱり、大学に行こうかな」と、再び考え始めました。それには理由があり、海外の大学でMBAを取得することを考えたからです。お金もありますし、この機会でMBAを取るための2年間にしようと。GMATの資料を取り寄せて勉強を始めようとした時に、ある事に気づきました。MBAを取るためには、大学院に通わなくてはなりません。当然、大学を卒業してないといけないわけで。その事に気づいたのが、MBA留学の塾の面談の時になります。MBAを取るには大学に入学することから始まり、最低6年は必要になります。そうなると33歳になってしまいます。27歳でキッパリと、大学には行かないと諦めました。

事業の見つけ方

事業の見つけ方
事業の見つけ方
僕の事業の見つけ方は独特で、首突っ込み型です。業界背景がどうであるか?とかではなく、自身の知り合いの会社が困っている際などに、買う、もしくは出資の話をいただいて、それをきっかけとしての場合が多いです。狙っているマーケットがあって動くというスタイルではないです。長年会社経営者をしていて、何度も売却の経験もありますから、売却や資本政策などの相談を受けるケースが多いのです。その中で手伝うかどうか、しっかりと調べて始まることが多いです。

やはりこの1年くらいの間でやってきた事が、周囲の人にも目に見えるように認知されるようになってきたと思うので、そういった相談もやはり多いです。

自分のルール

本質を見つめる目

本質を見極める
本質を見極める
僕は他の経営者の方々と違って、事業に対する思い入れが無いんです。色んな経営者の方はそれぞれの好きなものがあるように思うのですが、僕にはそれが無いのです。経済合理性さえ合えばなんでもやります、というスタンスなので、そこは皆さんとはだいぶ違う点なのかもしれません。

よく人からは「正田さんはキャピタルゲインを狙っているけど、最終的には正解だね」と言われる事があります。

最近は本を読む機会が減ってきていますが、会社経営と同じく自分の能力を伸ばす事も大事ですから、休みの時は自分の中のどの分野の能力を伸ばせばいいのかは意識してやってきていました。特に他の経営者とは何が違うのか、何が強みかというと、「組織再編税務という分野が詳しい」という強みがあります。が、最初は何の分野を伸ばそうかすごく悩みました。プログラミング、マーケティング、営業力?そんな中、競合が少なく出来る人が少ない、かつ、大きなお金が入ってくる分野を考えた結果、組織再編税務にたどり着きました。組織再編税務って経営者が学ぶ分野ではないんです。会計士、税理士、弁護士のテスト範囲にも入っておらず、実務をやる者しか身につけられない分野で、分かっているとM&Aのスキームを作る事ができる分野です。この能力をあげるために、20代中盤はひたすら集中して勉強していました。結果、正解だったな、と思っています。

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