目のつけどころ ものの考え方

株式会社サマデイ CEO 相川秀希氏

著者インタビュー
目のつけどころ ものの考え方
株式会社サマデイ CEO
相川秀希氏(あいかわ ひでき)

執筆の動機

超一流の人達を思い出しながらの執筆
超一流の人達を思い出しながらの執筆

超一流人との出会いを伝えたかった

『目のつけどころ ものの考え方』は3冊目の著書になります。一冊目が『頭がよくなる 青ペン書きなぐり勉強法』を中経出版から。続いて、東京書籍株式会社から『超一流はアクティブラーニングを、やっている。』になります。

そして、この本を読まれたというキノブックスの編集者から、これまで上梓された2冊の具体的なものを執筆しませんかと、直接、電話がかかってきました。

様々な話をしているうちに編集者と意気投合し、あっという間に本を書く流れになりました。

本のタイトルは早々に『別解力』と決めていました。

なぜ、このタイトルを考えていたかというと、皆さんもきっと経験したことがある「小論文」から。あるお題を与えて、小論文を100人に書かせると大体96人は似通った文章になるんです。

しかし、4人だけは他とは違う小論文を書く。この4編には、決して奇をてらうわけではなく、あくまで自然体から生み出されたオリジナルの視点がある。つまり「別解」なのです。「この様な人財こそ、これからの世の中には必要なのでは」という思いがありました。

また、竹中平蔵氏が代表を務める教育改革推進評議会の監修で日本アクティブラーニング協会が開発している「新しい大学入試問題」を紹介する教材本にもしたくて、ほぼそちらにハンドルを切っていました。

ある日、キノブックス編集者と話している時に、「相川さんが出会った超一流人との出会いの中におけるファンクション、エリートの目のつけどころを本にしたほうが面白い」と言ってきました。既に2/3ほど原稿が進んでいる時です。

そのうえ、タイトルの変更まで提案してきました。そのタイトルこそ『世界のエリートが実践している目のつけどころ ものの考え方』です。ありふれたタイトルに思え、当初はOKを出しませんでした。ところが、表紙のデザインを見せられた瞬間「やられた」と思いました。最初から、カバーデザインと方向性ありきでのタイトルだったのです。

こうなってしまったからには、最初からやり直すしかない。自分が出会った、“超一流”の面々を一人ずつ思い出しながら、そのときのエピソードや肌で感じたことをわかりやすく書くことに腐心しました。なぜなら、多くの方、特に若者に読んでもらいたかったからです。

「いわば、現代版『7つの習慣』とも言える成功哲学の良書。
きっと、これからの時代を生きる人にとって、希望の一冊となるはずです」
アップル、グーグル、スタンフォード……
世界で活躍する超一流たちと
仕事を共にしてきた著者だからこそわかる
彼らのすごさの真髄とは?

生い立ち

幼少期 3歳から一人で留守番

一番古い記憶は3歳時の留守番
一番古い記憶は3歳時の留守番

母からは「一人でできることは、自分でやりなさい」と幼い頃から躾けられて育ちました。
自分にとって一番古い記憶は、3歳の時の留守番です。今の世の中では考えられませんが、当時としても3歳児の留守番は珍しかったと思います。玄関の鍵をかけて、お昼の12時から夕方5時くらいまでの時間を、一人で過していました。そんな留守番生活も1年たったある日、「チロリン村とくるみの木」というTV番組を観ながら、つい寝てしまったのです。当時はアパート暮らしだったので、玄関の鍵が開かないと誰も入れません。母は玄関のドアを叩きながら「ヒデキ、ヒデキ!」と私の名を呼び続けたそうですが、TVの音もあり、まったく気づかずに眠りこんでしまいました。幼心ながらも、かなりの責任を感じたことが、自分にとっての最古の記憶です。空腹に耐えかねて、石鹸をかじってしまったこともありました。

母は非常にクリエイティブな人でしたので、出かける前には必ず、留守番の注意事項を歌にして、聞かせてくれました。「蛇口をひねってはいけないよ♪」「マッチをすってはいけないよ♪」と、全部で10番ぐらいありましたが、これを全部歌ってから「いってくるわね」と、毎日仕事に出かけていきました。

演劇やミュージカルをこよなく愛し、後にひょんなことから実際にミュージカルカンパニーを持ち、経営していた母ですが、その布石は幼い我が子に対する愛情から生じたのかもしれません。

そして、留守番には家族の食事を作るという大事な仕事もあります。当然食事を作るには材料を買わなければなりません。小学校3年生からは、1,000円札1枚と買い物カゴを持って、当時はスーパーもないものですから、商店街を回って買い物をしました。安い食材を探したり、肉屋のおじさんにコロッケをおまけしてもらったり。この夕飯の買い物で、私は経済を学んだと言っても過言ではありません。
料理も徐々にですが作れるようになり、中学生になる頃には、生活に関することは、ほぼ全て一人で出来るようになっていました。

高校生時代 祖父の一言で弁護士を目指す

弁護士を目指した早稲田大学へ
弁護士を目指した早稲田大学へ

中学、高校は玉川学園で学びました。男女を問わず多くの友達ができ、楽しい毎日でした。我が家は女系家族でして、親戚の女性に囲まれた生活が長く、女子ともすぐに打ち解けられました。

部活は剣道部に入部し、汗臭い野郎たちと徹底して鍛えあうという、なかなかメリハリが利いた学園生活でした。ちなみに剣道は三段の腕前です。

高校生になると、手に職というか、何か資格を持たなければ、と考えるようになりました。そんな時、実業家でワンマンの典型だった祖父から「医者か弁護士を目指せ」とかなり高いハードルを突きつけられました。そこで、東京医科歯科大学を目指そうかと、早速、赤本を購入。数学の問題を解こうとペンを持った瞬間……「医者は向いていない」と感じました。それでは弁護士だ。祖父からは、「司法試験といえば早稲田、中央のどちらかだから、絶対に合格しろ」と厳命を受けました。

玉川学園は“お坊ちゃん、お嬢ちゃん校”的なイメージがありますが、全人教育という、素晴らしい理念に基づいたホリスティックな教育を実践しています。例えるならば「アートをしつつも、田植えもする」「肥桶も担ぐし、ピアノも弾く」といった具合です。私が思うに玉川学園の創立者である小原國芳(おばらくによし)先生は、教育者でありつつ、起業家としても非常に優秀な人物で、私は幸運にも、先生のご存命中に薫陶を受けた最後の世代です。小田急線の「玉川学園前駅」を作った際の、政治家とのやりとりのエピソードなどは起業家の立志伝そのものです。我々は尊敬の念から「玉川の親父」と呼び、慕っていました。

玉川学園の学風は、現在の自分を育ててくれた、性に合うものでしたが、大学には法学部がありません。当時は今以上に、内部進学が当たり前でしたが、弁護士を目指すために早稲田大学を受験。現役での合格は、ほんの数点の差でかなわず、翌年の春入学することとなりました。我ながら、創意工夫を凝らして勉強しました。そして、そのときの勉強法や経験が、後に創った早稲田塾の基盤になったのです。
 

大学生時代 学生ながら、起業した理由は?

設立直後の早稲田塾
設立直後の早稲田塾

早稲田大学に在籍中に、早稲田塾を起業しました。そのきっかけは……母の「塾を創りなさい」の一言です。浪人時代の私を間近で見ていた母だからこそ、私の勉強方法や性癖が、塾経営に活かされるとわかっていたのでしょう。わが母ながら、類まれなる眼力の持ち主でした。そして、若干19歳、しかも学生の身分でしたが、素直に「はい、わかりました」と早稲田塾を立ち上げたのです。

もうおわかりでしょうが、私はかなりのマザコンです。母は昨年の3月25日、享年83歳で亡くなりました。これは私にとって一番恐れていたことです。
早稲田塾は、母との二人三脚で創りました。株式会社サマデイの社員も皆、母から薫陶を受けており、まさにビッグマザー、大家族の長(おさ)的な存在でした。過去、母に若干の反抗をした時期もありましたが幼少期から「絶対にサラリーマンにはなるな」と母なりの帝王学を叩き込まれ、そして、起業家になれというミッションについては、その道を歩んでいますので、少しは親孝行出来たのかな、と。亡くなってから、いっそう身近に感じられということは、きっと今も見守ってくれている証であると信じています。

早稲田塾の話に戻ります。最初の生徒は、たったの5名。父親のネットワークを使い集めました。当時父は、一級建築士として工務店を経営しており、その関係筋である畳屋、左官屋といった業者の方に頼み、三顧の礼をつくして、お子さんに入塾していただきました。

これが、浪人は当たり前だった時代に「現役高校生のための予備校」という、世の中に存在しなかったコンセプトを打ち立て、後に急成長した早稲田塾の原点です。
 

20歳で株式会社サマデイを設立

20歳になり、母から「私とあなたの50%ずつの持ち株会社を創ろう」といわれ、これまた素直に、昭和54年3月23日に株式会社サマデイを設立しました。今期で38期を迎え、おかげさまで一度も赤字を出すこと無く継続することが出来ています。母の残してくれた最大の財産である理念を引き継ぎ、発展させ続けていきたいと思っています。

その筆頭の理由は、「塾を通じて、日本という国の教育改革をしたい」と思っているから。
開国から明治にかけての激動の時代「塾」が日本の未来を拓いた。松下村塾、適塾、後の慶應義塾など、幕府の藩校ではなく、進取の志を持つ若者が集い、切磋琢磨した塾から傑物が輩出され、近代日本の礎を築いたのです。

「自分はこれだけは絶対!」という核を持つと、自走してさらに深く突き詰めたり、広い世界を見たいと思うようになる。それには、若い時代に、吉田松陰のような先達に出会うことがとても大切なんです。私も「これぞ!」と思った方には、どんどん会いにいきます。この、エリートたちとの出会いが、『目のつけどころ』の本の題材にもなったのです。

ビジネスポリシー

あるものを最大活用する

自分自身に誇りを持とう
自分自身に誇りを持とう

サマデイでも良い人財が欲しいのでリクルーティングもしますが、まずは「今ここにいる人財で何が出来るか?」を常に優先して 考えます。

自分の一番身近にあるものが、自分にとってのオリジナリティであり、強みを熟知しているはずだから。例えるなら、世界で一番自分の家族について語ることができるのは、自身に他ならない。このことを基準にして世の中を見れば、隣の芝生は青くない。「今あるものを最大活用する」――これは母から教わったことです。

もう一つ母から教わったのは、「仕事を面白くするには、自分ごとにする」ということです。仕事を他人事にしてはいけない。自分事にした仕事で一生食べていくことができれば、どんなに幸せか。つまり職種を問わず「生き方においてアーティストたれ」ということ。「今日は超過勤務だから、手を抜いて描こう」という画家は、いませんよね(笑)。

そして誇りを持って生きること。サマデイとは、サンスクリット語で「be obsessed(取り憑かれるくらい夢中になって取り組む)」の意。(もちろん、母の命名です。)

「出来るならば生涯現役で、皆に夢と希望を与えなさい。社員にも生涯現役で働いてもらうと言い続けなさい」――よって弊社では、88歳の女性に税務顧問をしていただいています。ほぼ毎日、出社している彼女を見れば、サマデイの文化が、わかっていただけると思います。
 

将来の夢

新しい教育をプロデュース

音楽座ミュージカルの舞台風景
音楽座ミュージカルの舞台風景

夢は「新しい教育のモデルを作る」ことです。象徴するワードとして、「エデュテイメント」という言葉を使っています。これはEducationとEntertainmentを合せた造語です。「音楽座ミュージカル」というミュージカル劇団を擁しているのも、教育事業の一環なのです。

360度さらされるステージは、学びの場としてうってつけ。「シアター・ラーニング」と称して、さまざまなワークショップを開発しています。早稲田塾をはじめ、学校などの教育機関はもちろん、最近では教員養成、また大手企業の社員研修として演劇の手法を使った実体験型の学びに、多くのご要望をいただいています。要は「想定外」に強くなる、ということ。

早稲田塾は、ずっと「偏差値」を否定してきましたが、いよいよ大学入試において、「他人と比べてなんぼ」は通用しない。面接担当である教授を納得させられる居ずまい、在り方、突然の質問にも!球を返せる力が問われます。ビジネスにおいても同様です。既定の職業スタイルや終身雇用が崩壊している今、この「Improvisation(即興力)」こそ、生涯を通して鍛え続けるべき力であると考えています。

人財のグローバル化という点では、プラットフォームを幾つか創っています。日本の大学への出願登録は、1校ずつ書式が違います。ところが、欧米ではインターネットによる「共通のプラットフォーム」が構築されており、1つのアプリケーションに登録すれば、複数校に出願することが可能です。これを「Online Application」と呼びます。極めて合理的なこのシステムは、残念ながら日本ではまだ構築されておりません。では、我々がやろうじゃないか、と。現在、サマデイではUniversal College Applicationとの協業でアジア版を手がけ、世界標準化を目指しています。

さらに、海外の大学に出願をする際には、自己の経歴をまとめた、いわば作品集(ポートフォリオ)の提出が求められます。日本ではまだ、慶應SFCなど一部の進んだ大学を除いては、紙での書類提出が一般的ですが、欧米ではオンラインでの証明が一般的となっています。

そこで、電子履歴書SNS型のオンラインポートフォリオアプリ「Feelnote(フィールノート)」を開発し、国際特許を取得しました。文科省の「トビタテ!留学JAPAN」というプログラムでも採択され、すでに約5,000人の学生が「Feelnote」で作ったポートフォリオを携え、海外に旅立っています。これは、先述の「Universal College Application」のフォーマットに対応しているため、世界中の大学に出願できるのです。

ポートフォリオを作る際に最も重要となるのが、課外活動の実績です。ところが、学生からすると「何をすべきなのか? いつ、どこで出来るのか?」といった情報を入手するのに手間と時間がかかります。その解消のために、「World School(ワールドスクール)」というポータルサイトを立ち上げました。

サイト内では全国で行われている課外活動の情報が網羅されており、「Feelnote」とも連動しています。そしてユーザーが、興味を持つ、好きなキーワードを設定すると、「Feelnote」上でプッシュされます。例えば「ゲーム」という単語を設定しておくと、「ゲーム」に関するイベント情報が送られてくるわけです。また、アプリからポートフォリオを作成し、「Universal College Application」のフォーマットにも出力できます。

こういった、新しい取り組みを紹介するために、「Education Tomorrow」という、教育革新のための情報発信メディアを作成して、記事の提供も行っています。

その中で、「新しい大学入試問題」を創り、紹介しています。問題作成、監修に当たるのは、教育推進評議会 評議員長である竹中平蔵先生、東京工業大学名誉教授の広瀬茂男先生ほか、世界的に活躍されている、錚々たるブレーンたち。

一例を挙げると「100年前のアメリカの大女優を現代の日本にお招きします。どんなおもてなしをしますか?」という質問に100字以内で答えてもらいます。問題は、日本語と英語、バイリンガルで記されており、世界標準仕様です。正解はありませんが、驚くような答えが出てきます。さあ、あなたは何と答えますか? ちなみに、規定時間は5分。ここでも即興力が問われます。

また、日本アクティブラーニング協会と教育改革推進評議会が手を携え、「本物に会い、本物で鍛える」塾育プログラムとして講演、ワークショップなどを提供しています。

やりたいことは、まだまだ尽きません。というか、何かに出会うと、次々と湧いてくるから際限がない。「生涯現役」でいられるよう、健康には気をつけるようにしています。これからも新しい刺激をどんどん受け、周囲とのコラボレーションを常とし、世界をリードしていく人財の育成をプロデュースできたら、幸せこのうえありません。
 

プロフィール詳細

プロフィール 生年月日 1958.10.05
出身地 東京都
血液型 A型
生活リズム 平均起床時刻 AM7:30
平均就寝時刻 PM24:30
平均睡眠時間 7時間
平均出社時刻 AM10:00
平均退社時間 PM20:00
自己流 ゲン担ぎ 母の遺品のブラシで頭皮ブラッシング
集中法 青ペンでスケッチブックメモ
リラックス法 Jazzを聴く
健康法 特製野菜ジューズ
特製ヨーグルト
休日の過ごし方 書籍の執筆
レストラン巡り
座右の銘 「素直・明朗・勤勉」
「Vision・Culture・Action」
好み 趣味 ミュージカル鑑賞
Jazz(Bluenoteなど)
MLB観戦
好きなブランド CHANEL
FENDI
両ブランドともカールラガーフェルドの感性が光る。
好きな食べ物 牛の塊・羊の塊・麻婆豆腐
好きなお酒 ネイビー・グロッグ(ラム酒の強いロングドリンクス)
赤ワイン
好きなエリア NY(マンハッタン)
京都
好きな色 赤・青
お勧め 良くいくお店 東京「IBAIA」
  「HAL PINOT」
  「トレーダーヴィックス」
京都「三芳」
  「Rocking Chair」
  「イノダコーヒー(本店・三条店)」
NY「LUPA」
  「Coner Bistro」
ビジネスにお勧めのお店 東京「傳」
  「天現寺小野」
  「ピアットスズキ」
Voice 社員から一言 サマデイでは、代表のことを「秀希(ひでき)さん」と呼びます。
こういった文化は、他社ではなかなか見られないと思いますが、ここに自分たちの会社の理念や創業の思いの伝承があります。
秀希さんは、そこに「ある」もの全てを活用し、ビジネスに結びつけるという、天賦の才をお持ちです。だから、仕事と遊びが限りなく近くなる。ハードであるほど楽しいというラッキーな職業人生を、シェアさせていただいています。