アズビル株式会社
アズビル・アカデミー学長
成瀬 彰彦 氏
成瀬 彰彦(なるせ あきひこ)氏1962年10月 神奈川県生まれ
1987年3月 早稲田大学大学院 理工学研究科(機械工学)修了
1987年4月 山武ハネウエル株式会社 入社
1987年7月 同 ビルシステム事業部マーケティング部配属
2004年10月 山武ビルシステム株式会社 事業開発部長
2009年4月 株式会社山武 経営企画部長
2012年4月 アズビル株式会社 経営企画部長(社名変更)
2013年7月 同 経営企画部長(兼)アズビル・アカデミー学長
2014年4月 同 執行役員(人事部、アズビル・アカデミー担当)
制御・計測機器メーカーとして、今年で創業110年を迎えたアズビル株式会社(旧株式会社山武)。
azbilグループは100年(1世紀)以上の間、最高水準の技術力を用い、人々の生活を支える縁の下の力持ちとして社会に貢献してきました。
そして、2012年に「学習する企業体」を実現するため、人材育成に向けた教育機関としてアズビル・アカデミーを設立。
その学長を努めていらっしゃる成瀬執行役員に、人材の育成と組織作りについて伺いました。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
創業以来受け継がれた【長い信頼関係を構築する】DNA(3つのエピソード)
アズビルでは入社式において新入社員へ【azbilのDNA】としての3つのエピソードを話します。
1つ目のエピソードですが、初代の山口武彦は創業前、当時、今で言う特許庁の長官を務めていた高橋是清の下で働いていました。
その高橋と懇意にしていた人物がいます。
安田財閥の開祖である安田善次郎です。
ある時、安田が高橋に「欧米の最新技術を用いて釘の生産工場を作りたいのだが、視察の適任者は誰かいないか?」と高橋に相談したところ、高橋が山口を推薦し、山口が欧米視察に赴くことになりました。
帰国後、報告のため安田の元を訪ねた山口は、視察にあたり使用した経費を事細かに記入して提出した上で、残金を返却しました。多くの人間を海外に派遣した安田でしたが、詳細な明細を提出した者など皆無で、ましてや残金を返却したものなどいませんでした。そのため、安田の山口に対する信頼は絶対的なものになりました。
その後、山口武彦は山武商会(現アズビル)、日本酸素(現大陽日酸)、日本精工の3社を創業しましたが、そのつど、安田と高橋が力になってくれました。
誠実さから生まれるお客様との長い信頼関係を、110年大切にしてきたという事です。
特許使用料から始まる信頼関係
2つ目のエピソードになりますが、技術商社としてスタートしたアズビルは欧米の会社と技術提携を結んでおり、ブラウン社(現ハネウェル)に特許使用料を支払っていました。
しかし、太平洋戦争が勃発すると、敵国であるブラウン社への特許使用料の送金ができなくなってしまいました。
そんな中、2代目社長の山口利彦は、横浜銀行へ特許使用料の積み立てを行ない、終戦後、紆余曲折を経ながらもブラウン社を吸収合併したハネウェル社へ特許使用料を支払うことができました。
この一件でハネウェル社への信頼を得ることができ、後の技術提携にも大きく影響を及ぼしました。
異例だった共同経営
3つ目のエピソードがハネウェル社との合弁会社である山武ハネウエルの設立についてです。山武とハネウェル社との資本提携は最終的には、50%対50%のイーブンとなりましたが、当初ハネウェル側は51%の株式取得を提案してきました。
一方、日本政府としては、外資が過半数となることは望ましくないとの判断で、ハネウェル側の株式取得49%以下を指導してきました。
その際、2代目社長の山口利彦は、先代から続く信頼関係をハネウェル社と関係省庁に訴え続け、苦労を重ねながらも50:50という対等な形で、正式に山武ハネウエル設立の認可を取り付けることができました。
この3つのエピソードから、ただものを売るのではなく、お客様や社会との長い信頼関係を築いていくことが大事だと社員には感じ取ってもらいます。そして、この3つのエピソードがビジネスポリシーの根幹になっており、これからもazbilのDNAとして受け継いで行きます。
求める人材像
お話したように、「信頼」というDNAが連綿と継承されてきて、アズビルのビジネスポリシーが成り立っていますので、求める人材像もそこに行き着くと考えています。
お客様との「長期的な信頼関係を構築できる人」ということですね。
【人材開発方針とユニークな人材開発プログラム】
アズビル・アカデミー設立へ 3つの基本方針
我が社は基本的にBtoBの会社で、企業を支える商品を扱っています。商品の特徴上、前面に出ることは少なく、お客様に尽くして、長いお付き合いをさせていただき、社業に邁進する。
この社是といいますか、「想い」を常に持ちつつ、先代の社長の時に、教育を一から考え直そうと、2008年に「目指すべき人材像」の定義を作りました。
1つ目が「仕事のプロフェッショナルとして、集団の一員としてチームで協働する」
2つ目が「一流を目指す強い意欲を持ち、挑戦し続ける」
3つ目が「高い志と倫理観を持ち、国際感覚に優れている」
これらを併せ持つ人材がアズビルには必要だと。
そして、2012年に社名をアズビルに変更し、現社長が「顧客・社会の良きパートナー」「グローバル展開」「学習する企業体」と、3つの基本方針を掲げました。
進化する生命体の如く
「学習する企業体」といいましても、ただ単に研修を多く行うことではなく、企業体質の継続的な強化を目標にしています。 市場環境が変わっていく中で、企業も同様に変わらなくてはなりません。
その方針のもとに2012年11月に、従来は人事が行なっていた階層別研修や、事業部門が担当していた職能研修などを一本化し、アズビル・アカデミーが創設されました。私は2013年に就任した2代目の学長になります。
アズビル・アカデミーでは年間、延2万2,000人以上が受講しています。社員数が約7,000人いますので、1人の社員が年3回、なんらかの研修を受講していることになります。
アカデミーでは300講座程度行なっており、そのうち、約8割を社内講師で運用しています。
研修の内容については、技術トレーニングもありますが、その他にも、階層別教育という、課長や係長職など職位に応じた研修も行なっていまして、スキル習得と実践を目的として行なっています。
また、グローバルな人材を育てる研修やキャリア開発も実施しています。
社員の異動、なかでも、職務や事業ラインをまたぐ異動となった場合、異動する社員に異動先で必要となる基礎知識やスキルの教育を行なっています。
弊社の基本として、「安易な人員削減は行なわない」ということが110年の中で培われており、海外移転に伴い国内の工場をクローズした場合でも、その方針は変わりません。
組織再編に伴う再配置のための職種転換教育を行い、サービスやメンテナンスなど職務を変えて働いていただいています。
これが離職率の低下にも繋がり、学生からは魅力的な企業に見えるようです。
そして、弊社は結構、一度辞めてから戻ってくる人もいらっしゃいます。他社での経験を生かしていただくことが重要だと思っています。
また、男性と女性の平均就業年数を比べると女性のほうが長いです。女性が長く働ける環境が整っているので、女子学生と面談で話すと、弊社選択の理由に挙げる方も多いです。
女性管理職の比率は4%に
ほぼ100%近く理系出身の社員で占められてる中で、女性社員は約2割います。
生産ライン担当の方が多いこともありますが、社全体での女性比率に比べ管理職比率が低いことが課題となっています。
お付き合いがあるビルメンテナンスや建築、工場やプラントといった事業の現場はまだまだ男性中心の社会で、必然的に男社会のイメージがついてしまっています。
とはいえ、昨今は優秀な女性社員も多く入社しており、部長もいますし、グループ会社では役員もいます。
日本からアジアへ、アジアから日本へ
グローバルリーダーの育成
2014年から、グローバルな人材を育てる研修を本格的に再スタートしました。
初回は、国内社員とASEAN7カ国の現地法人マネジメントのローカル社員トップを対象に始めました。
内容については、
1:個人毎に論理的プレゼン能力を高める。
これは実際にそれぞれが担当しているお客様を100%念頭においたプレゼンテーションを作成し、実際にその場面を想定して行います。
現実の顧客に対して行うことを前提にしているので、必然的に内容・精度・トークの仕方なども真剣にならざるを得ません。「研修」のためのものではないので、真剣味が違い、実力アップに繋がっています。
2:グループインタラクションで、戦略的な提言を行う。
これは、グループでひとつのテーマをディスカッションし、実際にお客様やアズビルの経営層に提案できる内容を討議します。顧客視点を徹底する研修です。グローバル社員の視点や思考を相互に肌で感じることで、より広い思考にも繋がります。
研修は1回が3日間×6回で約半年間に亘り行い、最終の提言の場には、当社社長や国際事業担当役員にも出席してもらいます。
研修を通じて、いかにお客様の思考=何を求めているか? をベースに、自社発想での提案をお客様に出すのではなく、お客様のニーズを導き出して提案していくことを実感していきます。
また、グループでディスカッションすることで、様々な思考・意見を交換し、的確にそして論理的に相手に伝える能力を学んでいきます。
1回目は日本人9人、現地ローカル社員トップ7名の計16名で行なったのですが、参加者も普段から通常のビジネスコミュニケーションは行っていても、グループとして1つのテーマを深く掘り下げて追求するというのは今回が初めてで、半年間という期間でしたが、コミュニケーション能力と同時にグローバリズムも高まりました。1回目に参加した日本人9名はその後、ほぼ全員が海外駐在したり、海外事業に携わっています。
昨年度2回目を行い、この時は現地法人で2番手3番手の方々が参加。また、ダイバーシティを意識して、初めての女性社員も参加しました。なお、今年度3回目は海外からの参加者はほぼ女性となっています。
そして、ただ単に日本人の社員をグローバルリーダーとして育てるのではなく、現地ローカル社員のグローバル化も、重要になります。
同じ言語で、カルチャーも含めて同じコミュニケーションを取れる海外社員のグローバル化と同時に、アズビル本社と同様の研修を受けることでアズビルスピリットを理解し、離職率低下にも役立つと考えています。
この取り組みについては、昨年から中国を皮切りに現地ローカル社員のマネジャー研修が始まり、今年は韓国、タイ、インドネシア等のアジア諸国で実施を予定し、本当の意味でのグローバル化が始まります。
現地ローカル社員の日本への留学制度も今年7月から本格的にスタートします。
まず、中国、台湾から1年間、本社スタッフの一員として勤務し、アズビルのDNAの理解も含めて研修をする予定です。
将来的には、この研修でアズビルのDNAを学んだ方に現地のトップに就いてほしいと思っています。
技術者の意識改革
プロフェッショナルを作りつつ技術の継承へ
弊社の事業サイクルとして、システム設計をして、その後、工場でシステム構築、現場で施工、竣工後にメンテナンスという流れがあります。
このようなライフサイクルソリューションは、先ほどもお話しした、お客様との長期の信頼関係にも結びつきます。
そして、それぞれのパートには、いろいろな技術者が就いています。計装設計、システム設計、アプリケーション開発、システム生産、施工エンジニアリング、計装調整、メンテナンスサービス等々。
このような技術、特にフィールドや生産の技術はノウハウの固まりであり、技術の伝承、継承が難しいという課題がありました。
この課題を解決するために、昨年、技術プロフェッショナル認定制度を立ち上げました。先輩から後輩へと、誇りを持てる技術を伝えることで双方が技術について意識し、また、伝えられた社員も次世代への継承意識が出てきます。
第1回目はビルディングオートメーションシステムのフィールド技術を対象に実施しました。
受験資格は、公的資格や社内試験を合格し、かつ上司からの推薦を通った一定の経験年数を積んだ社員、が対象になります。
初めに筆記試験などを行い、合格した社員が実技試験に進むことが出来る狭き門で、合格比率は、対象エンジニアの1%程度です。
そして、最終的に合格した社員は、名刺に技術プロフェッショナルの冠を付けることができ、自分自身が範となるような行動をとることで、自然とさらなる技術力向上の意識が身に付きます。
いずれは、社員の憧れとなるカリスマ的な存在を次々と生み出していきたいです。次のステップとして、設計や生産といった技術分野にも領域を拡大し、順次海外現地法人・グループ会社にも適用していきたいと考えています。
若いビジネスパーソンへのアドバイス
個性を生かしたビジネスパーソンに
企業にはその企業の方向性があり、ともすると社員に画一性を求める傾向となりがちですが、私は画一的な姿だけを是とするような気持ちはありません。
人はそれぞれ特性が異なります。それぞれが得意なことを生かしたビジネスパーソン、ひいては、リーダーシップを目指してほしいと思っています。
また、リーダーシップについても色々なタイプがあります。何事でもぐいぐいやるタイプや、普段は口数も少なく大人しいが、イザという時に前面に出てくるタイプ、部下のモチベーションを引き出すタイプ、など。人はそれぞれ個性があるのですから、マニュアル本に従うのでなく、その人のスタイルに合ったことを貫いて欲しいです。
■取材チームからの一言
今回のインタビューに当たり、アズビルという企業について色々な角度から見させていただきました。
ビルのシステム全般を扱うビルオートメーション事業やプラント・工場で使用する生産設備の計装・エンジニアリング、住宅の空調システムなど多岐にわたり、人々が生活していく中では決して目立つことはありませんが、もし、一つでもその技術が滞れば、社会生活に支障をきたしてしまい、快適な社会生活を送ることは難しくなってしまいます。
「縁の下の力持ち」という言葉がありますが、この言葉があてはまる企業がアズビルという企業です。そして、その企業を支える【信頼】というDNAが、グルーバルに展開するazbilグループの強靭な背骨となっていることを確信いたしました。
そして進化する生命体の如く「学習する企業体」であらんとする人材育成方針が、今後のアズビルの発展の根幹にあり続けることでしょう。