「学習する企業体」であり続ける

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アズビル株式会社
アズビル・アカデミー学長
成瀬 彰彦氏(なるせ あきひこ)

制御・計測機器メーカーとして、今年で創業110年を迎えたアズビル株式会社(旧株式会社山武)。

azbilグループは100年(1世紀)以上の間、最高水準の技術力を用い、人々の生活を支える縁の下の力持ちとして社会に貢献してきました。

そして、2012年に「学習する企業体」を実現するため、人材育成に向けた教育機関としてアズビル・アカデミーを設立。

その学長を努めていらっしゃる成瀬執行役員に、人材の育成と組織作りについて伺いました。  

ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること

創業以来受け継がれた【長い信頼関係を構築する】DNA(3つのエピソード)

azbil初代社長山口武彦
左から初代社長の山口武彦、高橋是清、安田善次郎
アズビルでは入社式において新入社員へ【azbilのDNA】としての3つのエピソードを話します。

1つ目のエピソードですが、初代の山口武彦は創業前、当時、今で言う特許庁の長官を務めていた高橋是清の下で働いていました。

その高橋と懇意にしていた人物がいます。

安田財閥の開祖である安田善次郎です。

ある時、安田が高橋に「欧米の最新技術を用いて釘の生産工場を作りたいのだが、視察の適任者は誰かいないか?」と高橋に相談したところ、高橋が山口を推薦し、山口が欧米視察に赴くことになりました。

帰国後、報告のため安田の元を訪ねた山口は、視察にあたり使用した経費を事細かに記入して提出した上で、残金を返却しました。多くの人間を海外に派遣した安田でしたが、詳細な明細を提出した者など皆無で、ましてや残金を返却したものなどいませんでした。そのため、安田の山口に対する信頼は絶対的なものになりました。

その後、山口武彦は山武商会(現アズビル)、日本酸素(現大陽日酸)、日本精工の3社を創業しましたが、そのつど、安田と高橋が力になってくれました。

誠実さから生まれるお客様との長い信頼関係を、110年大切にしてきたという事です。

特許使用料から始まる信頼関係

azbil2代目社長山口利彦
渡米する2代目社長の山口利彦(左)
2つ目のエピソードになりますが、技術商社としてスタートしたアズビルは欧米の会社と技術提携を結んでおり、ブラウン社(現ハネウェル)に特許使用料を支払っていました。

しかし、太平洋戦争が勃発すると、敵国であるブラウン社への特許使用料の送金ができなくなってしまいました。

そんな中、2代目社長の山口利彦は、横浜銀行へ特許使用料の積み立てを行ない、終戦後、紆余曲折を経ながらもブラウン社を吸収合併したハネウェル社へ特許使用料を支払うことができました。

この一件でハネウェル社への信頼を得ることができ、後の技術提携にも大きく影響を及ぼしました。

異例だった共同経営

3つ目のエピソードがハネウェル社との合弁会社である山武ハネウエルの設立についてです。山武とハネウェル社との資本提携は最終的には、50%対50%のイーブンとなりましたが、当初ハネウェル側は51%の株式取得を提案してきました。

一方、日本政府としては、外資が過半数となることは望ましくないとの判断で、ハネウェル側の株式取得49%以下を指導してきました。

その際、2代目社長の山口利彦は、先代から続く信頼関係をハネウェル社と関係省庁に訴え続け、苦労を重ねながらも50:50という対等な形で、正式に山武ハネウエル設立の認可を取り付けることができました。

この3つのエピソードから、ただものを売るのではなく、お客様や社会との長い信頼関係を築いていくことが大事だと社員には感じ取ってもらいます。そして、この3つのエピソードがビジネスポリシーの根幹になっており、これからもazbilのDNAとして受け継いで行きます。
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