UCC上島珈琲株式会社
取締役副社長
杉本 譲 氏
杉本 譲 (すぎもと ゆずる)氏大学卒業と同時にUCC上島珈琲株式会社入社。
神戸で業務用ルートセールスを経験後、 営業企画、製品開発、広告宣伝等のマーケティング部門を 担当。
その後、グルメコーヒー事業、PB受託事業を 新規事業として立ち上げた後、特販事業本部長を経て、 広域営業本部長。
現在は全ての営業を統括する営業統括本部長を兼務。
趣味は、池波正太郎作品を観る事。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
日本にコーヒー文化を広めてきた誇り
UCC上島珈琲は、昨年(2013年)創業80周年を迎えました。創業者の上島忠雄が1833年に創めた喫茶店向け焙煎豆の卸が、弊社の祖業です。80年あまりの歴史のなかで、日本のコーヒーマーケットにエポックメイキングな商品としてこれまでに弊社が生み出したものが2つあります。
1つは、今や当たり前になった「缶コーヒー」。創業者が、駅の売店で買ったビン入りのコーヒー牛乳を、列車の発車ベルで飲みかけのままお店に戻さなければならなかったときに、「もったいない・・・」と思って「缶なら飲みかけでも列車の中に持ち込みができるのに」と考えたのがきっかけです。実際の開発には、水分であるコーヒーと油分であるミルクが上手く混合しないなど、苦労が絶えなかったと聞きます。それでも1969年に商品化に成功し、翌1970年、大阪万博内で売り出したところ、全国的な反響を得て爆発的に売り上げを伸ばしました。
もう1つの画期的な商品は、「ブラック」缶コーヒーです。これも、今では各飲料メーカーが商品バリエーションも含めて多数発売していますが、初めて「ブラック」をマーケットに出したのも弊社なのです。ちなみに、斬新な黒のパッケージデザインも含めて、当時のマーケティングの責任者は私だったんですよ。 さて、その後も弊社は様々なビジネスの可能性を探ってきました。コーヒーにとどまらない総合飲料メーカーを目指した時期もありましたし、自動販売機事業を拡大しようとしていた時期もありました。しかし、約20年前に事業のポートフォリオ再編を行ったとき、弊社は得意分野に集中特化して「コーヒー専業メーカー」でいくことを決めたのです。日本のレギュラーコーヒー市場では、弊社は引き続きトップシェアを誇っています。一方、海外に目を向けると、アメリカのグリーンマウンテンコーヒーとヨーロッパのダウエグバーツがガリバーとして君臨しています。弊社でも、グリーンマウンテンコーヒーとは”KEURIG”(キューリグ:オフィス/家庭向けのコンパクトコーヒーマシン)で、ダウエグバーツとはオフィス向けの濃縮コーヒーで、彼らのアジアでの事業の一部を担っています。
独自の海外戦略としては、2012年にユナイテッドコーヒーを買収し、イギリス・フランス・スイス・オランダ・スペインの5カ国でUCC現地法人を立ち上げました。ガリバー2強のいる海外において、日本のUCCブランドを立ち上げたからには、これまでとは違う戦い方も考えていかなければならいないところです。
そのために、やはりトップシェアである足元の日本市場をさらに固めていくことが重要です。
弊社は、創業者が発案した缶コーヒーにはじまり、日本にコーヒー文化を広めてきたという自負があります。今後は、コーヒーを日本文化の中に深めていくために、どのようにしたらコーヒーにより親しみを持ってもらえるかを考えています。
コーヒーでお客様に
「ワクワク・ドキドキ」感を提供し続ける
今の日本の状況から将来を考えたとき、「個食」傾向が強まっていくのは明らかです。
これは、必ずしも単身が増えるこということではなく、家族の中でも食事時間がずれたり、人々の嗜好も細分化され、また少量でも質の良い美味しいものを食べたいという志向も高くなっていくということです。
このような状況を踏まえ、メーカーにありがちな商品を積み上げただけのプロダクトアウト的な売り場ではなく、お客様のライフスタイルや好み・関心に合わせた売り場が求められているのではと考えています。 話が少し変わりますが、ワインとコーヒーの香りは同じ表現を使うことがあることをご存知でしょうか?
それなら、「この料理には、この地域のこの銘柄のブドウで作ったこういうテイストのワインが合いますよ」とソムリエが勧めるように、コーヒーも食事のテイストに合わせて提案するスタイルがあっても良いですよね。
実際に、展示会ではワインとコーヒーだけでなくチーズなども一緒に置いて「Aroma Cross Bar」とネーミングした売り場を提案をしてみたところ、これが大好評でした。
また、嗜好品であるコーヒーには、成分に糖質・資質・たんぱく質のほか、抗酸化作用のあるポリフェノールや神経細胞の磨耗を防ぐトリゴネンなど健康に良いものも多数含まれています。そうすると「美容と健康」を切り口にした打ち出しも考えられます。
ほかにも「究極のサードウェーブコーヒー」と銘打って、生産量はほんの少量でも、かなり品質の高い農園のスペシャルティコーヒーを多数揃え、一人ひとりの好みに合わせた銘柄を選ぶことができる企画も好評でした。
なかでも一番好評だったのが、地域性・県民性に合わせた企画です。
人は生まれ育った地域や長く住んでいる地方独特の味覚になっていきます。私は、北九州の出身で、辛子明太子・辛子れんこん・辛子高菜でご飯ですから、大の辛いもの好き。そうでない食生活で育った人とは好みや味覚が違ってくるのは当たり前でしょう。そこで、県民性の説明と合わせてコーヒーと他の食材も一緒に、県別のディスプレイをしてみたんです。これは本当にウケました! コーヒーに限らず、デフレ市場に対応していくことが10年以上続きましたが、結局誰も幸せになっていないと思いませんか?コーヒーは嗜好品ですから、知恵を出せば色々やることがあると思います。
これから弊社は、お客様に「ワクワク・ドキドキ」感をずっと提供していきたいと思っています。
創業者の精神「得意先の繁栄が弊社の繁栄」
そして、お客様(消費者)に弊社の商品を手にとっていただくためには、得意先に繁栄してもらうことが大事です。「お得意様の繁栄が弊社の繁栄である」という創業者の精神はその通りだと思います。
得意先を通じてお客様(消費者)の求める価値を提供し、お客様にリピートしていただくことが、弊社の繁栄につながっていくことになります。
求める人財像
好奇心・探究心 ~自らが成長するためのエンジン
私自身が好奇心の塊のような人間ですが、求める人財像は、とにかく「好奇心が旺盛な人」。
人にも仕事にも、とにかく何事にも関心を持って欲しいと思います。なぜなら、自分が興味を持ったり関心を持ったことに対しては、自ら動くことができるからです。
仕事でなくても、人から言われたことだけやるとか、言われた通りにやるなんて面白くないでしょう。その上、そこにはほとんど学びがありませんから成長にも結びつきません。
人は、自分の内なる興味に基づいて考え、行動することが、一番の成長のエンジンなのです。
冒険心・挑戦心 ~「責任は俺がとるから思い切ってやってみろ」
好奇心とセットになるのが「チャレンジ精神」です。
興味を持ったことは、どんどん取り組んで欲しいと思います。
先の売り場提案プロジェクトも、32歳の女性をリーダーに任命しました。他部署の社員や、彼女より年齢・役職が上の人もプロジェクトメンバーになっています。
営業・マーケティングの統括として、プロジェクトの総合企画監修は私ですから、最終的な責任は私にあります。プロジェクトを推進するにあたり、失敗や周囲の抵抗を恐れることよりも、新しい発想や挑戦の心を摘み取ってしまうことの方が、社員と弊社の成長にとってリスクです。ですから、彼女にはいつも「俺が責任を取るから思い切ってやってみなさい」と言っています。
人財開発方針
「商品知識」を育てる
~メーカーは「商品」を通じて人財を開発していく
メーカーの社員に求められるものはと聞かれたら「商品知識」に尽きると思います。
弊社の「商品知識」とは、コーヒーのことをどれだけ語りつくせるかということです。
私はプライベートで海外旅行に行くときも、訪問先地域の輸入統計や各国のマーケット情報を事前に調べてから出かけるクセがついてしまいました。
コーヒーといっても、関連する知識や情報は大量で多岐にわたります。その上、情報は常に変わり続けていくものですから、ずっとキャッチアップしていかなければならいないのです。 語弊があるかもしれませんが、人間性や性格は生まれ育った環境によって先天的に決まってしまい、会社に入ってから変えることは、なかなか難しいものだと私自身は思っています。
ですから、求める人財像の人間性の部分に関しては、弊社の価値観にマッチした人を見極めて採用するしかありません。ちなみに、学歴や学力は、弊社の採用に関係ありません。
しかし、先の「商品知識」や「スキル」は能力ですから、これを十二分に伸ばしてやる仕組みは会社が用意しなければならない部分です。
そのため、商品知識=コーヒーにまつわるもろもろの情報とスキルを身につける仕組みとして、「コーヒーアドバイザー」という社内資格を作りました。
ユニークな人財開発プログラム
難関資格「コーヒーアドバイザー」の取得
~好きなことを自ら徹底的に学ぶ姿勢を大事にする
この「コーヒーアドバイザー」という資格は、合格率3%と非常に難関です。
この資格を取るには、コーヒーに関する知識だけではなく、コーヒーの味や香りを利き分ける味覚・嗅覚とコーヒーを抽出する機械操作も加えた「知識・カップ・マシン」すべてを網羅する必要があります。十分な知識を持ち、所定の所作で所定の時間で美味しいコーヒーを淹れるスキルと味や香りを識別する細やかな感覚・感性が求められます。
中には15回目のチャレンジで合格した社員もいます。この時はみんなで本当に喜びました。本人は、コーヒーが好きという自分自身の中からのエネルギーによって挑戦を続けているわけですから、これは強いですよね。こういうことが大事だと思います。
だだ、人間は誰にでも得意ではない分野があります。そこを無理やりカバーするよりも、その人の得意な分野で輝ける場所を見つければいいのです。そうやって、全員が一人ひとり輝いていけるようになることも人財開発の目的ではないでしょうか。
資格取得のための”朝錬”が自然発生
~助け合いが人を育て、人間関係を継続する力を養う
「コーヒーアドバイザー」は、なかなか通常の勉強量や1回の試験では合格できないため、そのうち社内で自発的に補習や再チャレンジのための“朝練”の動きが出てきました。
朝錬では小グループを作って、先に資格をとった社員が、これから挑戦する社員に教えています。そして、次に資格をとった社員が今度は教える側に回り、社内に“助け合い”の輪が広がっていくのです。最初は東京のオフィスで始まり、その次は大阪、名古屋と自然に伝播していきました。
メーカーとして、一人ひとりの社員が十分な商品知識を持つことは、直接的な人財育成です。同時に、朝錬のような派生的な”助け合い”の活動の中で、自分たちの製品に対して自分たちの言葉で語れるようになることも、人財育成として非常に重要な成果だと思います。
仕事で自分自身だけが成長することよりも、人の面倒をみたり、お互いが助け合うことで人間関係を継続していくことは、もっとも大事なことだと考えています。
若いビジネスパーソンへのアドバイス
「長幼の序」あり ~当たり前のことをちゃんとやる
年下の者は人生の先輩である年長者には、敬意を持って接しなければいけません。年功序列ということではなく、人として当たり前のことです。
私は、「義理・人情」の人間です。グローバルの時代に何を時代遅れなことをと思われるかもしれませんが、「ならぬものはならぬ」のです。
欧米化されたあまりにも合理的で、すべてを定量化して評価・判定する考え方は、私は好きではありません。
それよりも、もともと日本人が持つ倫理観に基づいて行動することが、人間としての高い質を維持し社会生活を円滑にしていくのではないでしょうか。
やっていいことといけないことは理屈ではなく、当たり前のことです。私は社内で「A・B・C」と呼んで徹底しています。A・B・Cは、「当(A)たり前のことを、馬(B)鹿にしないで、ち(C)ゃんとやる」の略です。これが意外と難しいのです。
理屈抜きでやってみないと、分からないことはたくさんある
「ならぬものはならぬ」は理屈ではありません。
その代わり、やってはいけないこと以外はどんどんやってみればいいと思います。むしろ、やってみないと分からないことはたくさんあります。
弊社は口に入るものを扱っていますので、食品衛生法を守ることは必須です。
ところが、安全な社会生活を守るために存在する法律とは別に、人間にはもともと食べてはいけないものを嗅覚や視覚、味覚で識別できる能力が備わっています。それは「ならぬものはならぬ」と判断できる人間の高い能力のひとつだと思います。法律や理屈ばかりに頼っていると、人間がもともと持つ自分で考える力や、新しいものを発見したり今までにないことを発想したりする力が削がれていきます。最低限、法律は守らなければなりませんが、ならぬこと以外は「理屈はいいから、とにかくまずやってみなさい」と社員には言っています。
■取材チームからの一言
舶来のコーヒーを、日本文化の中に広めたトップメーカーUCCの副社長は、義理と人情と浪花節(しかもメンタリティだけでなく、文字通り言葉も!)の明るく豪放磊落な「親分」でした。
お目にかかったことのある人ならお分かりですが、杉本副社長には、初対面一発で相手をファンにしてしまう力があります。それは何とも言えない魅力で、理屈ではありません。
それでもあえて分析すれば、副社長の魅力の源泉は根底に流れる「人が好き」という想いではないでしょうか。人が好きということは、まず相手を信じるということ。それが、相手に伝わるから逆に相手が副社長のことを大好きになってしまうのだと思います。 良悪の判断や挑戦への可否を合理性や数値のみで評価しがちな昨今のビジネスの風潮に、杉本副社長は非常に強く異議を唱えていらっしゃいました。
思えば、私たちが本能的に持てる能力や自分の内から湧き出すモチベーションには、理屈や外からの圧力などを軽々と超えるエネルギーと成果をもたらすことがあります。
コーヒーを含む嗜好品は、理屈や必然性に基づいて身体に取り込むものではなく、人間の感性や感覚といった本能に働きかける食品(飲料)です。 杉本副社長が語る「理屈じゃないんだよ」との言葉は、UCCの「商品」と「社員の持つ力を信じる人財観」そのものを端的に表しているのかもしれません。