キッコーマン株式会社
執行役員 人事部長
松﨑 毅 氏
松﨑 毅 (まつざき つよし)氏
1970年9月6日生
1998年4月 髙松建設入社
2013年6月 髙松建設取締役就任
2014年4月 髙松建設代表取締役副社長就任
2015年4月 代表取締役副社長 執行役員就任
2018年4月 髙松建設代表取締役社長(現任)1959年3月4日 東京都生まれ
1981年3月 早稲田大学商学部卒業
1981年4月 キッコーマン株式会社 入社 大阪支店・京都営業所での10年間の営業を経て人事部門配属
2008年6月 キッコーマン株式会社 人事部長(現任)
2013年6月 キッコーマン株式会社 執行役員 人事部長(現任)総務・人事などグループの管理業務会社 キッコーマンビジネスサービス株式会社 取締役 人事部長を兼務
キッコーマンと聞くと「しょうゆ」をイメージする人が多いと思いますが、実は和風調味料や「ケチャップ」「トマト飲料」などのデルモンテブランド、「豆乳飲料」そして、「本みりん」「ワイン」などの酒類、その他健康食品など展開は多岐にわたります。
競争が激しい変革の時代で生き残るためにも、多様化する消費者のニーズに新たな価値を生み出し続ける「プロ人材」の存在が大きいのではないでしょうか。
人事トップの松﨑執行役員には、キッコーマンとして国内外で新たな価値を創造する人材育成戦略について伺いました。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
『産業魂』社会にとって存在意義のある企業となる
当社では、世界恐慌の2年前、1927年に「野田の大争議」と呼ばれる200日以上に及ぶ大きな労働争議が起きました。当時の社長であった茂木七郎右衛門は事態を収拾した後、荒れた会社を立て直すために、1928年に「『産業魂』に徹するべし」という経営の基本理念を示しました。
『産業魂』とは、「経営の究極の目的は国家の隆昌、国民の幸福増進であり、日本の社会組織の根帯は家族制度ゆえ、日本の産業もまた家族主義的精神が貴重でなければならず、人間の互助・相愛の確立が根本である」という想いを一言で表したものです。
『産業魂』が示しているのは、「会社は公器である」ということです。資本主義経済の社会にあっても、企業は利益・儲けにのみ走ることなく、また、私を資するものではなく、広く社会に貢献する存在でなければならないという考えです。
当社では、この理念が創業間もない頃から脈々と受け継がれているのです。
最近では2008年4月に、グループの未来に向けたビジョンとして「グローバルビジョン2020」を策定しました。この「グローバルビジョン2020」のなかで定めた目指す姿のひとつにも、企業は社会に資するという「地球社会にとって存在意義のある企業となる」を掲げています。
食品の「安心」「安全」を守って「信用」「信頼」を得る、顧客本位・消費者本位
食品メーカーとして守るべき最も重要なことは、お客様にとっての「安心」「安全」です。当社では「地球社会にとって存在意義のある企業」と合わせて、『消費者本位』を経営の基本理念に掲げています。
安心・安全によってお客様からの「信用」「信頼」を得るために、とにかく顧客第一主義に徹しています。
お客様のところにまで影響の出ないことでも、何かあったらすぐに安全衛生委員会を立ち上げて、原因を徹底的に追究し、再発を防止する一連の動きは社員の基本行動として浸透してしています。
当社は歴史の古い会社で動きが遅いと思われがちですが、お客様のリスクへの対応は迅速です。当たり前のこととして、会社の仕組みと社員の意識・行動にしっかりと浸透し、根付いています。当たり前のことを当たり前に愚直にやり続けることが、お客様の安心・安全を守っていく唯一の方法です。当社はこれからも、顧客本位を第一として、地道に真面目な姿勢で取り組んでいきます。
社員一人ひとりと向き合い、顔をみながら行う人材育成
当社はグループ全体を合わせると社員は5,000名を超えますが、グループの核であるしょうゆなど調味料の製造・販売を行うキッコーマン食品をはじめ、個々の会社でみるとそれほど大きくなく、少数精鋭でやっています。
したがって、経営や人事から全社員の顔が見えていますから、各社では一人ひとりを大事にした人材育成・能力開発を行っています。 当社グループは、千葉の野田・流山にあった醸造家8家が合同で創業しました。大家族主義・相互扶助主義によって会社を大きくしてきた歴史を踏まえ、これまでリストラや肩たたきのようなことはしていません。
もうひとつの経営理念として、先ほどの『産業魂』にも、日本の企業経営には家族主義と互助・相愛の精神が重要であると謳われています。
たとえば育児休暇など、社員を守る人事制度・福利厚生制度についても、弊社では法整備以前から導入していました。また、法整備後は法制以上の仕組みを用意しています。
社員(人)を大切にする、社員一人ひとりと向き合うことは当社グループの大事なポリシーです。
求める人材像
「プロ人材」
「プロ人材」とは、文字どおりプロフェッショナルな人材で、「特定の業務に精通し、社内外に認められる市場価値の高い人」のことです。この定義なら、“スペシャリスト”と同義ではと思われるかもしれませんが、どちらかと言えば自己完結型のスペシャリストに対し、プロ人材に求められるのは、特定領域に対する専門性と同時に、仕事を通じ「社内外を含めて周囲をどんどん巻き込んで、全体最適の視点から社会に価値をもたらす」ことができる人です。そのためには、「自主的・自律的」に行動できることも大事です。
また、プロ人材として特定領域の専門家でありながら周囲を巻き込むためには、自分の専門分野に関して、他者にも理解できる平易な言葉で自分の仕事の説明と、相手への依頼・期待を伝える能力も求められるでしょう。 当社がプロ人材を求めるのは、これまでの成長・拡大基調から、今は変革の時代を迎えているからです。日本は少子高齢化が進むなかで、これまでと同じビジネスを継続していては、マーケットの縮小は不可避です。
当社としては、新しい事業展開を求めて、しょうゆ以外の調味料や飲料・酒類、健康食品やバイオなどの新商品の開発や、北米や欧州に加えてアジアやオセアニアなどへの進出の加速など、新市場を積極的に開拓していく取り組みを進めています。
そのためには、自分の専門領域を軸としてしっかりと持ちつつ、そこにとどまることなく、周囲の知恵やスキル、情報や人脈などに積極的に働きかけ、自分の専門領域と周囲との融合・化学変化を促進することによって市場に新しい価値を生み出していくことが求められているからです。
「グローバル人材」
当社は、1957年に北米に現地法人を設立してから、約60年にわたるグローバル展開の実績があります。今では、売上比率の半分強、営業利益の約4分の3を海外市場が占めています。
「経営の現地化」の下、各地では現地の人材を採用し、現在では多くの外国籍社員が現地のプロパー社員として働いています。一方で、キッコーマン食品の総合職では、海外赴任している社員は10%に満たない人数です。企業としてはグロバールビジネスを展開していますが、社員は圧倒的に国内勤務が多い状況です。
そこで、当社における「グローバル人材」の定義は、「“国内外”、世界のどこでも能力を発揮できる人材」としました。海外で活躍することだけがグローバル人材ではなく、グローバル企業である当社の社員であれば、国内勤務であっても本質的には同じ能力が求められると考えているからです。 グローバル人材となるためには、語学力と異文化への適応能力が重要です。
語学力として英語については、当社でもTOEIC600点のスコアを義務付けました。だだし、語学はあくまでも、ビジネス上におけるコミュニケーションツールの位置づけだと思っています。
それよりもグローバル人材として本質的に大事なのは、自分と異なる価値観を認めた上で、協業できる異文化適応力だと考えています。身に付けるのはなかなか難しい能力ですが、会社としても研修などを用意し、繰り返し学ぶことで、社員には次第にグローバルなセンスを磨いていって欲しいと思います。
人財開発方針
CDP(Career Development Program)制度
人材開発の核となるCDP制度は、「ジョブ・ローテーション」「面接」「教育・研修」の3つを柱としています。
「ジョブ・ローテーション」は、新卒8年間の若手のうちに、4年→4年を基本として複数のポジションを経験させ、本人の適性を見極めることを目的としています。
かつて、日本企業で管理職や経営幹部となる人材の育成においては、ジェネラリストを指向する傾向がありました。当社でも以前は、若手10年間のローテーションを、3年→3年→3年としていた時期がありました。将来の管理職・経営層として、大所高所から俯瞰的に物事を眺める能力を養うために短期的なローテーションによって様々な経験を積むことも大事でしょう。
しかし、先ほどの「求める人材像」のところで述べたとおり、当社は「プロ人材」を求めています。そこで、まずは若いうちにプロフェッショナルとして自分の専門とする分野を見極めるために、ある程度じっくり学び、経験を積む期間も必要であると考え、現在の4年→4年サイクルにしました。 ローテーションにより複数の実務経験を積むのと同時に、若手には「教育・研修」でもなるべく様々なプログラムを受講してもらうことにしています。
そして、7年目には当社が大事にしている一人ひとりと向き合う人材育成の一環として、人事部、あるいはスカウトの意味も含めた他部署の上長などとの「CDP面接」を実施しています。面接では本人の想いや希望と会社の評価・期待とをすり合わせていき、会社として本人に活躍してもらう機会の提供と社員のキャリア開発に対するきめ細かい助言や支援を行っています。
グローバル採用
日本の社員にグローバル人材教育のための教育・研修を進めるのと同時に、2011年から「グローバル採用」というチャネルを設け、日本への留学生などを対象にして外国籍の人材の採用を少しずつ進めています。彼らには、日本人と同じ研修を受けてもらい、まずは日本に配属します。国籍にかかわらず当社のDNAを継承してもらうことが重要だと考えているからです。 多くの日本人社員には、異文化への適応力を高める研修を積極的に実施しています。今のところ、実際の海外赴任機会はそれほど多くないため、教育・研修の中で次第に力をつけてもらっています。
様々な場面で発生する価値観の違いに対し、なぜお互いの価値観が異なるのか背景を説明したり、議論したりしながら、相手を認め合うケーススタディを繰り返し行う研修を、階層別研修など各種研修の中に取り込みながら拡充させています。
ユニークな人財開発プログラム
選抜型研修 「未来創造塾」
これまでの教育・研修は、機会平等の考えに基づいて、なるべく多くの社員に等しく実施してきた傾向があります。
以前から選抜型研修も行ってはいましたが、経営のコミットメントがそれほど強くなかったり、対象人数も多かったりすることから、通常の階層別研修とあまり区別がつなかくなってしまっていました。
今後のビジネス環境では「グローバル」×「経営」人材が求められていくことを踏まえ、少し前から少数選抜型での研修をスタートさせました。
今回の選抜型研修は従来の研修と一線を画し、経営塾の位置づけを前面に打ち出しました。
そこで「未来創造塾」と銘打ち、管理職一歩手前の35歳前後を対象としたステージⅠと、役員手前の45歳から50歳前後を対象としたステージⅡを設けています。ステージⅠの定員は10名~15名、ステージⅡは10名で、選抜される人数もぐっと絞りました。選抜は、グループ各社および人事から推薦の上、最終的には会長判断で行われます。
経営塾と位置づけたからには経営層のコミットメントも増やし、社長・会長がそれぞれステージⅠ・ステージⅡの塾長になって、直接レクチャーをする機会も設けました。
いずれも、現場の業務と両立させながらの2年間のプログラムで、1年目は会長・社長のレクチャーも織り交ぜ、グロービスや慶応大学でのマネジメント/エグゼクティブ向けの知識・スキル、刺激系のプログラム中心、後半の1年は、前半1年間に学んだことを現場で生かす取り組みを企画し、経営に対してプレゼンテーションを行います。
ステージⅠは今年で3期目に入り、ステージⅡについては2期目が終わるところです。 これまでの研修では、その時だけ対象者が集合し、研修が終われば解散というワンショットでしたが、未来創造塾では「卒業生」の考え方を導入しました。そして、卒業生と現在の在籍生との交流会なども企画し、同じ経営塾で学んだ先輩後輩の関係が継続するような仕掛けも用意しました。研修がその場限りの一時的な効果で終わらずに、世代と時間を越えて、現在の業務や会社に役立つものになることを期待しています。
各ステージともかなり絞られた人数ですので、選ばれたメンバーにとってはステータスです。周囲の社員にとっても、今度は自分が選ばれたいというモチベーションになり、会社全体にも良い刺激になっていると思います。
高度教育プログラムの外部派遣
「未来創造塾」が内部研修であるのに対し、高度な内容や、他社の社員との交流を含み集中的に受講した方が効果が上がると思われるものについては、外部研修を活用しています。ミドル層は年間2-3名ほどをスキル中心の研修へ、エグゼクティブは経営幹部候補としての人間力を磨いてもらうためのリベラル・アーツを中心とした外部プログラムに派遣しています。
若いビジネスパーソンへのアドバイス
自ら積極的に行動を起こそう
特にこれから就職を控えている学生の皆さんにお伝えしたいのは、自分からアグレッシブに行動を起こして欲しいということです。
勉強中心の学生時代には上手く想像できないかもしれませんが、受身やあまりにも慎重になり過ぎると、社会人になってもその習慣が抜けずに、指示待ち人間になってしまったり、最悪の場合はぶら下がり人間になってしまいます。
若いからこそ、自分のやりたいことにはどんどんチャレンジしてください。あれやこれやと思い悩むよりも、失敗しても良いからまずやってみることです。
若い時は失敗しても、ちゃんと年長者がフォローしてくれます。時には、叱られることもあるでしょう。ですが、叱られても、落ち込んで萎んでしまう必要はないのです。
失敗を恐れないチャレンジは、若い時に許された特権です。
是非、積極的に主体的に色々なことを経験して、時には失敗も重ねながら、逞しくなっていって欲しいと思います。
前向きに取り組んだことには、反省はしても後悔するな
語弊のある表現かもしれませんが、私自身は「やらない後悔よりも、やった後悔の方が良い」という考えです。
同じ後悔するのなら、やりたいことを我慢した後悔よりも、やった結果、失敗した後悔の方がマシだと思っています。
実際は、失敗したら後悔せずに、反省すれば良いのです。やらずに我慢したことを悔やんでも、何の経験にもなっていませんし、精神的にも良くない、まったくの不毛です。
それならば、やりたいことには思い切ってチャレンジし、失敗しても反省することで学びがあれば、自分の人生やキャリアにとってはプラスの経験です。また、失敗したとしても、やりたいことにチャレンジしたという爽快感はあるでしょう。
とにかく、若いうちは思い切って色々なことにチャレンジしてみてください。
必要以上に自分のカラに閉じこもらない
学生に限らず若い人に接していると、必要以上に自分を見つめ過ぎ、いたずらにプライドが高すぎるような印象を受けます。
たとえば、与えられたテーマ(課題)に対して先輩と同じレベルの結果を出せないと、落ち込んでしまう。おそらく、本人は先輩と同じように上手くできることをイメージしていたのでしょう。しかし、現実は経験や知識の差がありますから、自分の思うようにはいかない。でも、周囲は最初から本人にそのレベルは期待していないし、別にそれで評価を下げたりもしない。それなのに、本人だけが自分の不出来に落ち込んでしまい、萎縮してしまったり、チャレンジ精神を忘れてしまったりする。
真面目さの裏返しかもしれませんが、過剰に自分のことばかり考える必要はないのです。また、他人と比べる必要もありません。
その時点で自分の力で最大限できることに、最大限の努力で取り組めば良いのです。
自分のカラに閉じこもらないでください。一生懸命努力しているあなたを周囲の先輩は必ず評価しています。それで、失敗したとしても、しっかり受け止めてくれますから、のびのびとやって欲しいと思います。
周囲を巻き込むために相手を納得させる力をつける
社員の主体的・積極的な取り組みを期待して「評論家にはなるな」と話しています。評論家にならないということは、きちんと行動に落とし込むということです。
そのためには、先に述べた自分の専門領域について相手に平易な言葉で説明できる能力と、あるべき姿から逆算して何をするべきかをいうことを論理的に説明できる力をつける必要があります。
これは、日々のわずかな積み重ねの中で培っていくことが可能です。たとえば、新聞に目を通すときには漫然と読み流すのではなく、自分なりにポイントや課題をまとめてみる。あるいは、経営者やビジネスパーソンが自らの経験を著したビジネス本で、成功体験や失敗からの教訓を疑似体験してみるということもスキルや行動力をつけるために有効な方法だと思います。
■取材チームからの一言
日本人にとっても、今では欧米人にとっても「しょうゆ」といえば「キッコーマン」というほど、キッコーマンはしょうゆの代名詞であり、私たちの生活にはなくてはならない商品になっています。
しょうゆだけでは食事にはなりませんが、日本人の食事にしょうゆがなかったら、文字通り、味気のないものになってしまうでしょう。日本の文化を代表する食品でありながら、単品では主張せず、なければ料理や食事全体が締まらないもの。単体で独自の特徴を備えつつ、食事全体のバランスに資するしょうゆは、自己の専門性を軸を持って周囲を巻き込みながら新しい価値を生み出していく、まさにキッコーマンの「プロ人材」の存在感・存在意義そのもだと思うのはこじつけ過ぎでしょうか。
2020年の東京オリンピック開催が決定してから、「おもてなし」という言葉がはやりました。おもてなしは日本文化そのものであり、しょうゆもまた同様です。
「おもてなし」には、日本人の奥ゆかしさと同時に、奥ゆかしさとは対照的な主体性・積極性を持った姿勢も含んでいると思います。欧米型の「サービス」が、お客様の依頼に対して奉仕するという受身なスタンスに対して、「おもてなし」はお客様の意向を先回って汲み取り、それに応えていく姿勢だからです。
そこには、日本の文化と食品の安心・安全を固守する愚直に地道に継続していく活動と、時代に合わせて新しい価値を創造し、世界という新たなマーケットへ展開するための果敢な取り組みの両方に通じるものがあります。
また、社員一人ひとりに向き合うきめ細かいキャリア開発と、グローバル経営人材を育成するための思い切った取り組みは、キッコーマンの商品と企業風土を支える人材の育成を象徴的に表しているのではないかと感じました。