富士フイルム株式会社
執行役員 人事部長
吉沢 勝 氏
吉沢 勝(よしざわ まさる)氏
1980.3 京都大学 経済学部卒
1980.4 富士写真フイルム株式会社入社 小田原工場会計課配属
1989.6 同社経理部
1994.9 Fuji Photo Film,Inc.(米国サウスキャロライナ州)
2003.9 富士写真フイルム株式会社 経営企画部
2007.4 富士フイルムホールディングス株式会社 経営企画部IR室長
2011.7 富士フイルム株式会社 人事部次長
2012.6 富士フイルム株式会社 人事部長
2013.6 富士フイルム株式会社 執行役員 人事部長
富士フイルムは、2000年以降、コア事業だった写真フィルムの大幅縮小という危機に直面しました。しかし、そこから構造改革を断行、事業の多角化に成功し今では他社にはない技術で先進的な製品を世に送り出しています。
それを可能にしたのは、同社が持つ技術基盤、財務基盤、ブランド力などの経営資源はもちろん、それらを活かす質の高い人財があったからではないでしょうか。
富士フイルム人事トップの吉沢執行役員に、富士フイルムウエイによる徹底した”人間力”の育成についてお話を伺いました。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
「Value From Innovation」
~オープンイノベーションで顧客ニーズに応えていく
富士フイルムホールディングスは、今年(2014年)1月、創立80周年を機にブランドコミュニケーションとして、「Value from Innovation」という新しいコーポレートスローガンを制定しました。
経営改革が進むなかで、世界中の特に若い社員から、「富士フイルムグループがどのような企業か分かりづらくなってきている」という声が増えてきました。
フイルム専業メーカーから事業多角化へ転換を図った良い面でもあるのですが、80周年のここで一度、富士フイルムグループの存在を新たに定義し、これから目指す方向を社内外に示そうということになったのです。
「Value from Innovation」が示すのは、富士フイルムは、マーケットやお客様のニーズを徹底的に聞き、グループの持っている知恵や技術の力でイノベーションを起こし、それに応えていくというメッセージです。
富士フイルムはこれまで技術力の高さから、どちらかといえば特許もあまり出さずに、自前主義・単独主義・秘密主義でやってきました。 しかし、事業領域をヘルスケアや高機能材料に広げた現在、パートナーとなりうる企業との協力体制がビジネスを進めるために重要になってきています。
そこで、これも今年1月に本社2階に「Open Innovation Hub」という施設を開設しました。ここはパートナー企業、顧客企業との新しいビジネスのディスカッションの場となっています。
富士フイルムウエイ ~富士フイルム社員が目指す姿と本質的な仕事の進め方
グループをホールディングス化したことを機に、2007年に「富士フイルムウエイ」を策定しました。 富士フイルムウエイは、グループ社員が目指すべき姿の「FF-マインド」と、仕事の進め方を示した「FF-メソッド」で構成されています。 「FF-マインド」は、会長の古森がよく話している「ビジネス五体論」そのものです。 五体論とは、その人の“人間力”の総和が、ビジネスの成果に反映されるという考え方で、
ビジネス五体論・・・“人間力”の総和
- 目・耳・鼻・肌 ⇒ 情報収集力
- 頭 ⇒ 分析、本質を見抜く、戦略/戦術策定力
- 胸 ⇒ 良心、関心、共感、愛情
- 腹 ⇒ 度胸、勇気、根性
- 足腰 ⇒ 行動力、現地・現物・現場主義
- 腕・手 ⇒ テクニック、(時に)腕力
- 口 ⇒ 表現力、ディベート力
- 顔・姿勢 ⇒ 姿勢、態度、知性、内面の輝き
上記すべてを動員して仕事に取り組み、またそれぞれの要素をバランス良く磨いていくことが重要だということです。 仕事の進め方である「FF-メソッド」では、一般的に「Plan-Do-Check-Action」といわれているビジネスのプロセスサイクルを「See-Think-Plan-Do」と定義しています。
事業環境や競争環境の変化が激しい現在では、いきなりPlanから入るのではなく、その前にまず、事実や状況を良く見極めること(See:読む)、そしてそれを評価・分析し、本質を捉えた課題を設定すること(Think:考える)ことが大事であるとしています。
事業領域がシンプルで右肩上がりの時代は、シーズ(技術)からのプロダクトアウトであっても、ブランド力とマスメディアを使ったプロモーションによって、事業戦略や販売戦略は、従来のやり方を踏襲することで結果が出ました。
しかし、本業が危機に陥ってから、事業構造改革を進める中で弊社の戦略力に磨きをかける必要性に気がつきました。つまり、これからは仕事にとり組む考え方やメソッドも変えていかなければならないということです。そのため、FF-メソッドとして「See-Think-Plan-Do」を全社展開しています。 富士フイルムウエイは、研修プログラムにも組み込まれ、海外現法のHRマネージャーをトレーナーとして育成し、世界中で研修を実施しています。
求める人財像
プロフェッショナリティ ~変化と多様性に対応する高度な人財
人事のミッションは、様々な事業領域や現場で「プロフェッショナル」を作っていくことだと考えています。
弊社は、モノづくりの会社として長い間「品質」や「信用」をもっとも重要視していました。
特に弊社の製品は写真フイルムですから、お客様の大事な人やシーンをしっかりとキレイに残すという意味で、フィルムは「信用」を売っているとも言われていました。
そうすると社員も、よく言えば石橋を叩いて渡るような堅実なタイプ、悪く言えば前例を覆せない保守的なタイプが自然と多くなります。
また、人財育成の考え方も“底上げ”型で全体を引き上げていくことが重要とされ、均質なタイプを求める傾向が強かったと感じています。
私が、部内の会議でよく例える話なのですが、こまでの富士フイルムは「駅伝」が得意な社員が多かったと言います。駅伝は、決まったコースをそれぞれの走者がひたすら走ってバトンをつなぎ、ゴールを目指す競技です。
事業環境が変わった今では、種目が「駅伝」から「サッカー」に変わったのです。
サッカーは、フィールドは決まっていても、走るコースが決められている訳ではありません。各ポジションによって、選手の果たす機能も異なります。それゆえ、チームだけでなく、選手個々にも戦略と高いスキルが必要とされる競技です。
ワールドカップで戦えるレベルのサッカー選手に求められるものが、これからの弊社のビジネスにおいて求められる「プロフェッショナリティ」ではないかと考えています。
5つの成長目標 ~仕事力の基盤
新入社員には「5つの成長目標」として、入社してから3年間に身につけるべきマインドとスキルの目標を提示しています。 具体的には、
- 何ごとからも謙虚に学ぶ
- 現地・現場・現物主義
- 仕事に対する情熱とエネルギー
- 物ごとの本質をとらえる
- 壁を乗り越え、そこから得たものによって成長する
の5つです。 これは、若手社員だけに必要なものではなく、富士フイルムパーソンには本質的に求められる要素です。そのため、仕事力の基盤として、若いうちに強化しておく必要から、新入社員教育でしっかり徹底させています。
人財開発方針
事業に貢献できる人事 ~人事・事業部一体の人財育成で事業目標を達成する
人事のミッションが、各事業領域のプロフェッショナルをつくっていくことだとすれば、人事部もまた、事業に貢献していく存在であると考えています。
人事は、単に人事評価や異動を決めたり、各種調整部門ではなく、事業の目標達成に資する必要があるということです。
そこで、昨年(2013年)秋から「人材育成会議」を事業部ごとに実施しています。
これは、各事業部長および事業部スタッフと人事が、各事業部の人財育成方針や育成プログラムについてディスカッションし、個々の社員の育成目標や方法に至るまで擦り合わせを行うものです。
人事は経営に近い立場から各事業部方針を理解し、事業部長とは中長期的な人財育成方針を握った上で、現場での育成を任せるということが大事だと考えます。
「人材育成会議」は、事業部も多岐に渡り、突っ込んだ話もするため時間がかかり、かなり大変ですが、事業目標達成のために継続していくつもりです。
上司力 ~人として部下に向き合う
最近の若い人に強い傾向かもしれませんが、「人が人として関わる」ことが少なくなってきているように思います。
弊社では入社3年目まで新入社員に指導員がつきます。指導員には、まさに人として新入社員の人生に関わってほしいと伝えています。
また、現場において上司が人として真剣に部下の育成にかかわっていくスタンスは、リーダとしての重要な資質と思います。
一人ひとりの意欲 ~個の力
会社(人事と現場の上司)がここまで真剣に人財育成に取り組んでいるのであれば、あとは一人ひとりの成長しようとする意欲が重要です。
ユニークな人財開発プログラム
指導員研修 ~新入社員と指導員両方を育成する
これまでの人財育成は、配属された現場でOJT任せの傾向が強いものでした。
しかし、育成に積極的な部署もあれば、業務プロセスの簡単な説明だけで、あとはほぼ放置のような部署もあります。
事業が単一だった時代は、人事としては、新入社員を育成熱心な部署に配属するよう配慮をすればよかったのです。ところが今は、メディカル事業部だけをとっても、内視鏡、FCR、IT、超音波など数多くの領域があり、十分な育成を行ためには、現場任せだけにはできない状況になってきています。
そこで特に、新入社員の育成に関しては、人事部が主体となってコントロールすることにしました。
これまで現場任せで属人化していた指導員の育成能力のばらつきを標準化し、さらに強化することにしたのです。
そのために、指導員研修も新入社員研修と同じくらいしっかりとやっています。
定期的に指導員を集め、それぞれの現場での教育方法の情報共有と、指導員同士で互いにアドバイスをし合っています。事業部を越えて話をしてみると、今までとは違う気づきや効果的な教育方法のヒントが出てきているようです。
また、指導員の選定においても、事業部からの推薦に対し、人事部がチェックと承認をしています。指導員に選ばれるということは、指導員本人の評価の面でもアドバンテージなのです。
つまり、このプログラムは新入社員教育の強化でもありますが、指導員自身の育成もねらっているのです。
プロマインド研修 ~自らのプロフェショナリティを設定する
これまでの資格・役職研修や各専門領域におけるスキル研修に加え、プロフェッショナリティ育成のために「プロマインド研修」を今年からスタートさせました。
これは、32-33歳の社員を対象に、これまでのキャリアを棚卸しし、今後どの領域でプロフェッショナルを目指していくか考えさせるものです。
そして、50歳もう一度、定年後も含めた自分のキャリアについて考えてもらいます。
選抜型研修 ~「均質化」から「出る杭を伸ばす」育成へ
均質を好む社風の中で、これまでは底上げのための研修がほとんどでしたが、基幹人財の選抜型研修もスタートさせました。
会長の古森が塾長を務める「経営塾」では、50歳前後が対象となり、古森をはじめ、社長の中嶋、海外のグループ会社の幹部や社外の経営者などとディスカッションを重ねています。こちらは、すでに昨年1月から始まっています。
今年からは、30代から40代を対象に、リーダーシップとビジネス戦略系のスキルを身につけてもらう研修をスタートさせる予定です。
事業戦略/営業戦略 策定・実行力強化
~BtoBマーケットで勝てる現場力をつける
写真フイルム専業メーカーであった時代の営業は、国内マーケットシェア70%以上を誇るブランド力と、磐石な特約店・代理店の販売チャネルに支えられていました。
デジタル化の波に襲われた2000年以降、10年かけてヘルスケア、高機能材料など新しいビジネスの柱を作り、構造改革を進めてきたことは、会長の古森のインタビュー(「魂の経営」著者インタビュー)にもあるとおりです。
これらの事業はBtoBマーケットであり、フィルムというBtoCマーケットで強みを発揮してきた弊社にとっては苦手領域です。
BtoCマーケットでは企業レベルのでプロモーション戦略と販売戦略で、勝ち続けてこられました。一方、BtoBマーケットでは、各事業部が対象とする業界やそれぞれの顧客に対する現場レベルでの戦略が重要になります。
そこで、BtoBマーケットにおいて、事業戦略・営業戦略の強みで市場を確保してきたグループ内の富士ゼロックスのナレッジ・ノウハウを参考にさせてもらいながら、戦略策定・実行力強化のプログラムづくりに注力してきました。
これまでに体系化したプログラムは12コースにのぼります。これを事業部やグループの販売会社にも展開し、これまで2,000名近い社員が受講しています。
若いビジネスパーソンへのアドバイス
好奇心は自己成長のエネルギー
仕事に重要な要素について、社長の中嶋は「3つのC」ということをよく言います。
Curiosity(好奇心)、Communication(コミュニケーション)、Courage(勇気)です。
中嶋は“ナレッジ・ボール”という表現をしますが、自分の知識がボールのように膨らんでいくと表面積が大きくなっていくために、知識が増えれば増えるほど、外側(無知)との境界領域が広がっていきます。
そうすると、自分の無知をよく知る人は謙虚になって、何ごとからも学ぼうとする姿勢が生まれてきます。つまり、「好奇心」はFF-マインドにある謙虚であることと同時に、自己成長のエンジンにもなりうるのです。
私は、また、好奇心はオーナーシップにもつながると考えています。
これまで自分の仕事には関連のなかった新しい知識やスキルなども、無関係のものとはとらえずに、何でも知ってやろう、これからの仕事に生かしてやろう好奇心を持つことが“自分ごと”としてとらえる(=オーナーシップ)ようになり、新たなチャンスや成長のステージが生まれてくるのだと思います。
倫理感を持って正直に生きる
先日、新入社員との懇談会で会長の古森が「人生を上手く生きるためには、誠実たれ」という話をしました。そうすると、一人の新入社員が「誠実に生きるとはどういうことですか?」という直球の質問を返しました。後から、私は会長に「君はどう思う?」と尋ねられました。「”誠実に生きる”ということを言葉で表現することは難しいですし、人生の場面場面によってそのときの状況も変わります。」
「私は”誠実に生きる”とは、社員が伝統的なカルチャーとして持っている倫理感に従って自分に正直に生きることではないかと思っています。あるいは、会長に率直な質問を投げかけた新入社員が”誠実に生きるとはどういうことか”ということを、今後も考え続けてくれればうれしいです。」と申し上げました。
■取材チームからの一言
今年1月の古森会長の著者インタビューに続き、今回は人事トップである吉沢役員にお話を聞くことができました。
テジタル化の波による本業喪失の危機を乗り越え、新たな成長のステージに入った富士フイルムの変革は、経営改革・事業構造改革のベストプラクティスとして注目されています。
インタビューの中で、役員のお話には「”これまで”の富士フイルムは、・・・だった。“これからは”・・・しなければ」という表現が何回も出てきました。
富士フイルムの変革と今後の成長を組織・人財面で推し進めるべく、吉沢役員がこれまでとは異なる新たな取り組みをリードしていらっしゃることがよく理解できました。
「組織は戦略に従う」のか「戦略は組織に従う」のかという議論があります。
富士フイルムの経営改革の成功は、古森会長の強いリーダーシップ(戦略)と、それを実現する組織(人財)があったゆえだと考えられます。
吉沢役員のおっしゃる「事業に貢献する人事」とは、まさに「戦略人事」といえます。
戦略人事とは、既存の組織・人財を生かして戦略を実現していくことと同時に、今後、経営が進める戦略を先取りして、その実行に必要な人財を採用、育成し、組織として最高のパフォーマンスを発揮できる仕組みや文化をつくりあげていくことでなないでしょうか。
古森会長と吉沢役員のお二人にお話を聞きすることができ、優れた「戦略」と「人財」の両輪で変革を成し遂げた富士フイルム成功事例からは大変学ぶことが多いと思います。