全日本空輸株式会社
取締役兼執行役員 兼 人財戦略室長 兼 ANA人財大学長
國分 裕之 氏
國分 裕之(くにぶ ひろゆき)氏
1982年 全日本空輸株式会社 入社
2012年 人事部 部長 兼 ANA人財大学 学長
2013年より現職
2012年に創業60周年を迎え、今日では年間旅客数が4200万人を超える世界トップクラスの航空会社であるANA。
この数年、世界同時不況や震災などの難局に直面しながらも成長し続けてきたのは、攻めの姿勢を崩さない戦略と、一人ひとりの強い信念からではないでしょうか。
ANA人財大学長という立場でもある國分執行役員に、ANA独自の人財育成について語っていただきました。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
お客様の安心と信頼のために、常に挑戦と努力を続ける翼を持つ
当社は、純民間の航空会社として60年前にスタートしました。
昨年創業60周年を迎えたことと今年4月からホールディングス制に移行することを機に、ANAグループ拠りどころとなる「グループ経営理念」「グループ経営ビジョン」「グループ行動指針(ANA’s Way)を新たに定めました。 「グループ経営理念」は、エアライン事業の根幹である“安心”とお客様からの”信頼”を2つの大きな柱として、『安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します』としました。 「グループ経営ビジョン」は、やはり“お客様満足”と“価値創造”を柱とし、『ANAグループ、お客様満足と価値創造で世界のリーディングエアライングループを目指します』としました。これまでの経営ビジョンでは「アジアNo.1のエアラインを目指す」としていましたが、これからはNo.1だけではなく、世界をリードするエアラインを目指します。実際、強敵はアジアの航空会社でした。シンガポール航空やマレーシア航空などは大変良い会社です。また、あまり知られていないかもしれませんが、韓国の航空会社のサービスの質も大変高いのです。これからはアジアからさらに視野を広げ、世界を見据えていきます。 「グループ行動指針」についてはいろいろ考えましたが、結局ANA’s Wayというネーミングになりました。内容としては、まず第一に「安全」です。もし、お客様の安全が危ぶまれることであれば、たとえそれが会社として利益につながることであっても、私たちは安全を優先します。二点目は、「お客様視点」に立って、自分の役割や価値を考えてみること。三点目が、「社会に対する責任」です。ここまでは、航空会社として当たり前と言えば当たり前ですが、あと2つはホールディングスの体制になったこととANAらしさを踏まえた内容になっています。それは、四点目として「チームスピリット」を挙げ、グループ全体が一体化して同じ方向を向いていくということ。最後は、「努力と挑戦」です。これはANAのDNAと言ってもよいと思いますが、純民間航空会社としてスタートし、特に国際線で遅れをとっていた当社は、常にライバル企業の背中を追いかけてきました。それは、たゆまぬ努力と挑戦の歴史と言えます。この「努力と挑戦」は、ANAらしさして当社の人財を考えるときに一番大事なことだと考えています。
求める人財像
人として魅力のある多様な人財
以前からANAの採用は、面接重視であるということを申し上げてきました。
そのため、面接回数も比較的多い方だと思います。何回も面接を重ねながら、その人の人となり・人物を見て採用をしています。たとえば、伸びしろのある人か、挑戦心は持っているか、もしかしたら将来に大化けするタイプではないかなど、その人の良いところを加点法でみています。 前の人事部長のときから、「動物園のような採用をしよう」と言っています。色々な動物が集まっている動物園がお客様にとって魅力的なように、私たちも色々な人財が集まって、外から見て魅力的だと思わなければ航空会社としてお客様にはご利用いただけません。
表現が難しいのですが、当社は体育会系の人財が多いとか採用に有利とか言われていますが、体育会系だから採用している訳ではないのです。結果として、スポーツにしろ何にしろ一つのことをやり遂げた人には魅力があるということです。
人財開発においては、社会人としての常識は備えながら、それぞれの個性を生かしていくことを考えています。 在籍している社員は勿論、ANAをリタイア、途中退職した人でもANAへの愛社心が高い人が多いと聞きます。
人柄の良さもさることながら、皆、ANA社員の一員であるという意識が高いのだと思います。ビジネスにおいても、自分の役割を考えるとき、必ずその前工程と後工程を考慮し、その中で自分が果たすべき機能はどうあるべきかという視点に立つように言っています。一人ではなくチームで仕事をしているという意識を強く持つようにしています。加えて、お客様からの声もチームで共有することによって、さらにビジネスにおける一体感が醸成されているのだと思います。
人財開発方針
エアラインビジネスにおける真のグローバル人財を目指す
基本的な考え方としては、グループの経営理念と経営ビジョンを基盤において、ANA’s Wayを正確に理解し、社会・会社に貢献できる専門性の高い人財を育成するということになります。
その中でも、経営ビジョンとして「世界のリーディングエアライングループを目指す」からには、グローバル人財の育成は重要なテーマです。 かつての日本の航空会社のグローバルビジネスとは、日本人旅行者の海外往復輸送と海外の日本人村を対象としたビジネストリップが中心でした。あくまでも日本人のために日本を起点としたサービスがほとんどだったと言えます。ところが、今は、三国間輸送へと軸足が変わってきています。アジアの人たちが、日本を経由して、アメリカに行く。欧米の人たちが日本を経由して、東南アジアに向かう。したがって、お客様も日本人だけではなく、世界各国の人々が対象になります。これが、日本のエアラインにおける真のグローバルビジネスだと考えています。 その結果、次の三つに集約されました。
高い専門性・・・エアラインとして五指に入る
世界に広く知られる・・・まずグループ内、特に海外支店から固有名詞で認知されている、世界のエアラインからも認知されている、経営レベルで言えば世界の経済界において知られている
世界から愛される・・・お客様あってのエアラインサービスゆえに世界から愛されること
以上の三つが実現できたときに、当社では真のグローバル人財であると考えています。
ユニークな人財開発プログラム
ANA人財大学におけるグローバル人財育成
少し遅れた感はありますが、TOEICの全社員受験を義務付け、管理職登用基準としてTOEIC700以上を求めます。
また、「ANAグループはすべての社員に、入社から退職まで等しく成長の機会を提供していく」「人を尊重し、人の可能性を信じ、人を大切に育てたい」という建学の精神で2007年にスタートしたANA人財大学に、現在、外国籍の専任講師を一人置いています。彼は、語学力のアップのためだけではなく、異文化理解などグローバル人財に必要な素養について、世界各拠点を飛び回って教育を行っています。今、一番忙しい人かもしれませんね。 海外採用社員と国内採用社員の合同研修により、グループの一体感を醸成するとともに、リアル異文化に触れ、多様性の受容を肌で感じ、理解するということを進めています。この研修は、海外採用社員には大変評価が高く、時間的・物理的制約からそれほど頻繁には開催できないのですが、「次回はいつですか」とか「また是非参加したい」という声が多く寄せられています。 ANA人財大学の役割の一つに、ANAグループの価値観の共有を進めるということがあります。そのため、原石であり、まだ白紙である新入社員の教育については、グループ企業採用と海外採用含めてすべてANA人財大学が行っています。 新入社員、若手社員のグローバル教育では、2年前から新入社員を1年に2名ずついきなり海外に配置するようにしています。受け入れ側は大変だと思いますが、最近の新入社員は、積極的に海外経験を希望する人財が多く、大変頼もしく思っています。1年目での海外駐在の対象に洩れたとしても、入社10年以内には研修、駐在、派遣など、必ず何らかの形で海外に行ってもらうことにしています。10年前であれば、このような制度には不安や不満の声がかなり上がったと思いますが、今は、「早く行かせて欲しい」と言ってくる社員が多く、若い層から少しずつ意識が変わってきていることを感じています。 先ほどから海外と言っていますが、弊社の海外拠点はブランチ(支店)の位置づけです。一方、メーカーなどの海外拠点は現地法人であることが多い。単に、海外に行ってビジネスをすると言っても、人財開発においてこの違いは大きいものがあります。ブランチは、あくまでも本国の出先の位置づけであるため、2,3人で運営している小さな支店もありますし、支店の収支は管理しますが、路線収支といった経営レベルでの視点を持つことは難しいと言えます。メーカの現地法人は、経営としてビジネスを完結させる必要がありますから、経営感覚を持ってマネジメントをすることが求められます。
そのため当社では、これまで海外経験があったとしても、経営視点を持つとかマネジメントするという意識が薄かったように思います。ところが、近年、当社へ入社を希望する学生は、面接の時点でグローバルで活躍したいと意欲を見せますし、「あなたのいうグローバルで活躍するということはどういうことですか」と突っ込んだ質問をすると、しっかりマネジメントレベルを意識した答えが返ってきます。そういう意味でも、若手の意識改革が進んでいることを嬉しく思っています。
新規事業への取り組み
新規事業については、多角化を推進したり、縮小したり、これまで試行錯誤を繰り返してきました。
ホールディングス制にした今年からは、「戦略的投資」という方針を打ち出しています。直近で言えば、米国のパイロット訓練会社のパンナムの買収を発表しました。パンナムのパイロット訓練のノウハウと実績を活用し、パイロット養成ニーズの高いアジアでのビジネス展開を想定しています。また、ミャンマーの航空会社(アジアン・ウィングス・エアウェイズ)に出資し、東南アジアエリアでのビジネス展開を加速させます。
ゼロベースでの新規事業という考え方もありますが、今の変化のスピードに対応するために、M&Aやアライアンスによる戦略的投資を進めていく予定です。このようなビジネスは、企業文化が違う企業との統合・連携になるため、ANAのDNAを持った人財にやってもらいたいと考えています。 投資・アライアンスといった経営レベルのビジネスに加え、新しいサービスの創出など、現場レベルでのアイディアが積極的に出てくるような教育や仕組みも実施しています。
階層別研修における現在の職場でのサービス改善のアイディア出しがそうです。
また、当社のサービスのコアは機内が中心になりますが、社員には、カスタマー・エクスペリエンス(Customer Experience;顧客経験)と呼んでいる、お客様が自宅を出られてから飛行機に乗り、また自宅に帰るまでのシーンにすべてに想像をめぐらせ、当社のサービスとしてお役に立てることはないかということをプロジェクトの形態で検討しています。
10年ほど前からバーチャルハリウッド(ハリウッド映画のようにお客様に感動を与える企画を自主提案によって実現する活動)も実施しています。
独自性や創造性を育むという意味では、当社は”褒める文化”の醸成にも力を入れています。「WOW!賞」を創設し、職場に活力を与えるような企画や活動をしたメンバーを表彰しています。昨年は、“ゲートバイキング”を企画し、実施したチームが社長賞に輝きました。ゲートバイキングとは、何らかの理由で飛行機の出発が遅れ、既に搭乗されたお客様を長時間お待たせしなくてはならない場合、制限エリア内の出発ゲートの前にケータリングを用意して、温かいお料理も含めて自由に召し上がっていただくサービスです。このような場合は、ミールクーポンをお出ししていたのですが、お店まで足を運ぶのが面倒だったりとお客様には不便な思いをさせていました。ゲートバイキングは、成田空港のメンバーが企画し、お客様に大変好評を得たことから昨年の社長賞受賞になりました。
顧客接点における女性の活用
当社は客室乗務員という職種があるため女性が多く、数字的には女性管理職の比率が高くみえますが、現在の管理職の先頭群のボリュームゾーンはリーダー(課長)レベルであり、まだまだこれからだと思っています。
その上の部長へも、女性を積極的に登用していきたいと思います。ただし、これは女性だから部長にするということではありません。女性であっても部長に相応しい能力を持った人財であれば、等しく昇格の機会があるということです。 とは言え、決め細やかな気配りなど女性ならではの強みです。これを顧客対応部門では最大限に生かしていただきたいと考え、現在、空港のVIP担当は部長は全員女性になっています。
先日、客室常務員の正社員採用再開の発表もありましたが、優秀な女性が活躍できる制度や機会を会社として積極的に提供していきたいと考えています。
若いビジネスパーソンへのアドバイス
「教養力」をつけよ!
今、池上さんの本が売れたり、ビジネス誌での特集など、「教養」が流行のようになっていますが、以前より教養力をしっかりつけることの重要性を感じています。学び続けるという姿勢が大事なのです。
最近は大学でも教養系の学部が増えてきました。当社でも教養系学部の学生の採用を増やしたり、教養学部系と外国籍社員の混在チームを作って、教養や異文化の横展開を推進するように働きかけています。
幸い当社は、世界各地を見る機会が多い仕事です。百聞は一見に如かずです。
今大学生の皆さんも、色々な機会に色々な方面で総合的に教養力を高める努力を惜しまないでください。
■取材チームからの一言
航空会社というと真っ先に思い浮かぶのは、飛行機ですが、航空会社は飛行機会社ではありません。エアラインサービスと言われるように、サービス企業です。
ANAを利用させていただくと、いつもスタッフの暖かいサービスと笑顔が印象的です。日本的サービスとかホスピタリティという使い慣らされた言葉では伝えきれない、安定感があって包み込まれるような心地良さは日本発のエアラインANAの独特のサービスクオリティだと思います。
インタビューの最後に國分執行役員が、「最後は“人”で勝負です」と仰っていました。サービスのクオリティを決めるのは、お客様にダイレクトに接する“人”のクオリティがすべてです。そのANAらしい高いクオリティを創り上げるために、人を創る部門の責任者としての想いが伝わってきました。
一方で、純民間航空会社としてスタートし、ANAのDNAは60年間の努力と挑戦の連続に培われています。私たちが受けるANAのサービスは、社員の方々の人柄の良さと同時に、お客様に満足いだける価値創造のために自らはたゆまぬ努力を続ける厳しさに裏打ちされたものであること知りました。
ANAが日本が世界に誇れるエアラインサービスとして今後も着実に成長していくために、グローバル化とANAの強いDNAを継承していく企業文化の醸成や人財開発に対し、様々な取り組みをされていらっしゃることを理解しました。