東京ガス株式会社
取締役 常務執行役員
高松 勝 氏
高松 勝(たかまつ まさる)氏1956年3月14日生
1980年4月 入社
2005年4月 ホームサービス本部ホームサービス企画部長
2006年4月 ホームサービス本部協力企業サポート部長
2010年4月 リビングエネルギー本部ライフバル推進部長
2011年4月 執行役員 リビングエネルギー本部ライフバル推進部長
2012年4月 執行役員 総合企画部長
2014年4月 常務執行役員 総合企画部、関連事業部担当
2015年4月 常務執行役員 総合企画部、人事部、千葉・茨城プロジェクト部、グループ経営管理検討プロジェクト部、グループ人事検討プロジェクト部担当
2016年4月 常務執行役員 人事部、秘書部、総務部、コンプライアンス部、監査部担当
2016年6月 取締役 常務執行役員 人事部、秘書部、総務部、コンプライアンス部、監査部担当
東京都を始めとして、1都6県にガス供給を行っている東京ガス株式会社。
ガス導管は総延長約6万㎞と世界最大で日本の国内でも最大手です。
また、最近では家庭用燃料電池「エネファーム」といった新しいエネルギー供給システムを提供しています。
そして、11月21日には家庭用や業務用のお客さま向け低圧電力への申し込みが53万件を突破したと発表しました。電力自由化に加え、2017年4月からはガスの自由化が始まります。
そこで、今後の事業とそれに伴う人事・人材育成について、東京ガス株式会社の人事トップである高松常務にお話を伺いました。
ビジネスポリシー ~企業として大事にしていること
今でも覚えているトップの言葉
十数年前、マネージャーになりたての頃、当時の経営トップの発言を今でも鮮明に覚えています。作家レイモンド・チャンドラーが生み出した探偵フィリップ・マーロウのセリフ「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」になぞらえ「利益を上げなければ生きていけない。公益に資さなければ生きている資格がない」。我々は民間企業ですから当然利益を追求しますが、同時に、公共の利益に貢献して初めて存在意義がある会社なのだと肝に銘じています。
世の中がどのように変わろうが、公益性を追求しつつ利益も上げるという会社のあり様を人事部としても守っていく所存です。
人事としての役割も大きい事業領域の変化
かつての東京ガスは都市ガス事業が事業のほとんどを占め、売上も都市ガスがほとんどを占めていました。今後は主力である都市ガスを含め7つの事業領域を発展させていこうというのが、2011年に策定した「チャレンジ2020ビジョン」です。
事業の領域として、①都市ガス事業②エンジニアリングサービス事業③(プロパンや産業ガスといった)リキットガス事業④電力事業⑤(地域のエネルギー提案やまちづくりに貢献する)地域開発サービス事業⑥(お客さまの暮らしを豊かにする新たな価値・サービスを提供する)暮らしサービス事業⑦海外事業の7つの事業領域を明確にし、地域としては首都圏のみならず日本全国、さらには北米、東南アジアに軸足を置いた展開を目指しています。
その結果、都市ガス中心の会社から、いわゆる八ヶ岳経営になり、海外でも事業を展開していきます。そうした変化の中で、会社の組織や仕組みも変え、人事はどうするのか?これは今後の大きなテーマになると思います。
【人材を育てるための様々な施策】
中長期的な人材育成
私が言うのも身内びいきかもしれませんが、東京ガスは良い人材が多いと思います。人柄が良く誠実で真面目。どこに出しても恥ずかしくない人材が揃っていると自負しています。ただ、チャレンジスピリットを持つ人材が少ないのではないかと感じることがあります。東京ガスが131年間、培ってきた大事な部分を守りながら、チャレンジャー的な人材を育成していくことが今後のテーマのひとつになります。
また、評価については、単年度での評価はもちろん行いますが、中長期的な育成・評価に軸足を置いて行います。
人事制度を考える時に難しいと思うのは、会社の政策の方向性と、社内でこれまで長期に渡って培ってきたいわゆる「暗黙知的な価値観」を上手く調整することだと思います。
しかも、人事は制度より運用面の課題が多く、運用面は価値観で左右されることが多いと感じています。どうすれば政策の方向性と暗黙知的な価値観を融合させることができるのか、いろいろ議論しているところです。
積極的な研修の導入が必要に
人材開発のベースは基本的にはOJTだと思います。が、OJTだけでは限界もあり、OJTをベースとしつつ社内外の研修・講習を積極的に導入していきます。
今後は先に上げました7つの領域を発展させなくてはいけません。そのためには仕事で人を育てるという事を基本ベースにしつつ、外部との交流を育成体系に組み込んでいくことが人材育成に不可欠になります。加えて、幅を広げるという意味で、専門領域にとらわれない積極的な異動も行っていきたいと考えています。
将来を担う人材の登竜門である経営塾
東京ガスでは役員が塾長となり、新任の幹部職を対象に、「経営塾」というものを開きます。私はこれまで3度、塾長を務めました。基本的にはその年に幹部職に上がった人間が参加し、各班4~5名程度、なるべく通常の業務では接する機会の少ない者同士を同じ班にします。
塾ではテーマは自由です。私が塾長の時は最初に講話し、後は塾生同士でテーマを決めさせます。私は、黙って座っていて、時々アドバイスを送るぐらいで、夜になると皆と飲みに行きます。彼らは優秀な人材ですから、もし、途中で困った事が出てきたならば、そのつど塾生同士で話し合えば良いのですから、自主性に任せます。
塾は9月から翌年の1月まで4カ月に渡り行われます。それぞれの塾によって違いますが、多い塾で2週に1回のペースになります。私の場合は1カ月に1回、夕方開催し、昼間の議論だけではなく、お酒を飲みながらさらに議論を深め、相互理解につなげてきました。
また、経営塾の他にも幹部職の社員が塾長となる「幹部塾」があります。
そして、塾の内容については評価することは行いません。経営層にレポートを提出してもらうだけです。とはいえ、それぞれが濃密な時間を過ごし、これまで縦のみだった関係が、横に広がる機会にもなる、なかなか良い制度だと考えています。
画期的なフリースタイル採用
多様な人材を採用するための試み
一般的な採用方法以外に、今年からフリースタイル採用を実施しました。この採用方法は従来の履歴書から始まる採用方法ではなく、A4用紙1枚に自分のセールスポイントを自由形式で書かせるスタイルから入ります。
私は常務になって初めて人事に関わりました。東京ガスには人柄が良く統率力のある人材が多く集まっていると思いますが、一方、もう少し多様性が必要なのではないかと感じました。
そこで、多様な人材を採用するための試みとして、フリースタイル採用を実施しました。初めての試みで初年度は約60名の応募がありました。従来の採用方法では若手社員の面接からスタートするのですが、今回は、通常20分程度の面接を行なうところを、一人60分の時間を与えて学生に自由にプレゼンしてもらい、評価者も多様な価値感を持ったマネージャークラスの人材を人事部からお願いし、彼らに面接を任せてみました。通常の面接官と違う人物が面接した事により6名の人材が採用候補に残りました。彼らの最終面接は私と人事部長が実施しました。面接は非常に面白いものになりました。「東京ガスにはあまり興味が無かったのですが、採用方法が面白かったので受けてみました」といった、通常なら緊張する最終面接で臆することなく、自分の意見をはっきりと伝えるなど、個性豊かな人材を面接でき、会社にとっても大きな刺激となりました。
今回のフリースタイル採用では6名に内定を出し3名が入社しました。今にしてみると、通常の採用では東京ガスへは応募せず入社しなかった人材だったかもしれません。今回の試みを行ったことで、通常のステップでは採用できなかったかもしれない人材を採ることができ会社的には大きな意義があったのではないかと思います。また、今回、入社した彼らをどのように育成していくのかが会社としての重要課題であり、そして、この試みはこれからも継続していこうと思います。10年継続し30~50名の集団になることで、東京ガスは今まで以上に自由闊達で面白い会社になるのではと、現時点ではまだ何とも言えませんが、若干の手応えを感じています。
ビジネスパーソンに一言
会社の価値観を明確にすること
「御社の価値観ってなんですか」私が他社でよく訊かれる質問です。答えは各社各様だと思います。ただ、自分のいる会社の価値観を明確にし、それを具現化することを常に考えていることが一番大事なことだと私は思っています。
また、コンプライアンスについても訊かれる事があります。私は「自らの家族に自分の仕事の事をしっかりと胸を張って説明できればコンプライアンスは心配ない」と考えています。「子供に胸を張って自分の仕事のことを話す」事ができれば大丈夫です。だからこそ世の中のコモンセンスを大切にし、筋の悪い事はすべきではないと思います。
■取材チームからの一言
2017年の4月から都市ガスの自由化が始まります。最大手である東京ガスもガス事業だけに頼らず、7つの事業領域の拡大を打ち出しています。昨年の株主総会で「自由化になったらガス料金は下がるのか」と株主から質問があったそうです。
普通、「自由化になっても料金は下げるな」というのが、株主の意見だと思われますが、東京ガスの株主は株主と同時に消費者でもあるのだと。株主の目と消費者の目。2つの視点で東京ガスを評価していただき本当にありがたいと感じつつ、消費者はガスというものに対してシビアになものだと再認識したそうです。
個人的な話になりますが、東京ガスのCMを見ると優しい気持ちになります。特に家族の絆シリーズは毎回、感動させるストーリーとなっており、家族の大切さに気付かせてくれます。
また、CMでは商品であるガスはほぼ映りません。主役はごく普通の家庭であり、むしろガスそのものは数秒しか登場しない脇役になります。
人は身近であればあるほど、その大切さに気付かないことが多々あります。東京ガスのCMではその大切な存在を気付かせてくれるから、多くの方の琴線に触れるのでしょう。
これまで、ガスや電気といったライフラインを構成するものに対し、消費者の選択肢は非常に少ないものでした。それが、昨年の電力自由化と2017年4月からのガス自由化で、選択肢の幅は大きく広がってきています。東京ガスは現在53万件の消費者と電力の契約を結んでいます。なぜ多くの消費者が契約を結んでいるのか。低料金やポイントが付く特典といった理由もありますが、消費者と築いてきた信頼関係も大きな要因だと思われます。